キーン先生

そうなのです、京都が他の都市と決定的に違うのは’静謐’せいひつなるものの存在が、ところどころに普通に存在するところ。それはやはり他の都市では見れないものだ、それなりの都会でそれが残り続けるということがね。
もっともそれに気づくまでにしばらく通わねばならないが、白洲正子女史もそう言っていた。私もまだこれからも通わねばならない、まだまだですよ。
第二次世界大戦で京都や皇居が失われなかった。それは「寛容さは教養がもたらす」という言葉でしか説明がつかないような気がする、狂気の中でも俯瞰の冷静が静謐に存在していたという事実があるということだろう。ま、もっともルーブルが残っているのも同様な感じがしますが。。。