くろぎのかき氷

休みの日のシメはなんと東大・本郷キャンパスの敷地内にある、甘党の店”くろぎ”
ま、すでに有名ですが。ここ来たかったのです、そしてかき氷を食したかった。
建築もなんと、隈研吾さん、そのキテレツな建築にあっと言わされる。さすが東大は違います、それぞれが本物です。

なんせ隈研吾ですからね。

なんと大和ハウスが寄付したって言うのです、アメリカみたいです。すごい!

この建築を見たくってね。

圧倒的に本当に美味いから、是非どうぞ、30分待ちました、1時間以上はざらみたいですよ。

©️madewithlove

どうせならクリエイティブに生きよう。

ざくろでランチ

民藝の巨匠展に行った後なので、やはり民藝の作品を随所に使用している。ざくろさんへランチ、美味しくて、昼もホスピタリティは完璧。満足です。このランプ民藝です。

有名な民藝用語「ようこそ」、と松本民芸家具が出迎える、なぜざくろさんは民藝なのかなぁ、理由が知りたくて。。。

これが美味しいです、トマサラ
後ろの生地は沖縄のミンサー織り、これも民藝。

価格を超える価値、それこそが民藝の真髄なのですよ。民藝の器たちが素敵。

食後に出る、ほうじ茶。始まりは煎茶、そしてほうじ茶へ、茶は日本食の基本。 器は益子焼の民藝。

寛次郎のものを何気にさりげなく飾っています、誰も気づいていないな、その価値。

モダンと民藝、今の時代の民藝っていくらでも進化できるはず、進化してこそだと思うんだけどなぁ。。。
この通路のランプ民藝です。

無位無冠の陶工、河井寛次郎展

夏がひと段落し、ようやく行くことが出来ました。

素晴らしいの一言。
言葉がいいです、どれも
76歳にして没するまで、その創作意欲が生涯枯れることはなかったという。
(写真撮っていいというマークの付いているものだけ撮影)

みんな若いですね、こんな頃から皆お洒落な人たちですね、だから民藝は優れたものになった。

この時代にこんな格好で産地を廻られて来たら、、、ブルジョワジーの何ものでもない、そしてバーナード・リーチの影響以外の何物でもない。柳宗悦(やなぎむねよし)学習院から東大の哲学科という、貴族のような人、この当時の常でイギリスからの影響が濃い。金銭的に豊かであったことは確かだが、それよりも知性が豊かな人達の集まりだっただろう、それらを含めてブルジョワジーと申し上げる。今の時代なんかよりも遥かに情報が少ない中でここまで高めて来るには、いろんな人との往来や各地に出かけて行くことが重要な要素であっただろうと推察できるが、何よりも旺盛な自己探求力がそれらを成し遂げさせたと言える。民藝という思想がブレないのはこう言う思想にしっかりした人たちが礎になっているからに他ならない。だから魅力的なのだ、今の時代にこれらを継承する人たちはやはり基礎を積み上げる必要をこれらの先人の足跡を見ていると感じる、あまりに表面的だから。特に河井寛次郎の歩いた道は尊い、京都で色んな高いレベルの仕事を見ているからこそ、色んな推挙を辞退しているんだと思うし、謙虚な自分があるのだろう、京都には沢山のレベル高いものがあるからそうなのだろう。河井寛次郎にとって京都で生きたことはとても重要だったと思える。

松下翁の話

やはり、寛次郎も良いと思っていたんだ、だからずっと自分の周りに置いていたという、瀬戸の馬の目。
濱田庄司のところにも確かありましたよ。濱田庄司は人間国宝、濵田が国宝となったのは、この陶工の世界に陽があたる為にも、と考えたらしいと言う、河合とはまた異なる思想があるようだ。
MWL STOREには現在の瀬戸の陶工が端正に作った「馬の目」があります。歴史を紐解けば、馬の目に、おひとつは是非。現代のカップ&ソーサーがいいですよ、秋には。

文化勲章、人間国宝への推挙も辞退し、ただ陶工として生きた。