安土桃山

茶の湯とはただ湯をわかし 茶をたてて のむばかりなることと知るべし -千利休-

信長(安土)、秀吉(桃山)によって天下統一の事業が行われていた時代が安土桃山時代(1573-1603)である。同時にこの時代はいろんな藝術、文化が南蛮渡来などの影響も受け花開く時代でもあった。中でも茶は茶人という独特の美学を持つ存在を生んでいる、千利休の弟子、古田織部がそれである。桃山という時代は先取の時代でありその象徴が古田織部が追い求めた「美」であった。古田織部、物の形、様式、建築、内装、そして庭のデザインまでを統括していた。さらに茶室では時代の要人と政治に関わっていた。古田織部が400年前にやっていたことこそが日本初のクリエイティブ・ディレクターと言える。「へうげもの」に遊び心あり、ファッションとしてのうつわ、表されたかぶき者の風流精神の源、茶とうつわはファッションそのものである、と私は思っています。装束だけではファッションは完結しないのである、様式、つまりスタイルを含む全般がそれであると言える。