@コペンハーゲンのヒュッゲな暮らし。

2年前の10月に行った時の一コマ、@コペンハーゲン。これだけの市民が自転車を通勤の足として使う、健康と空気に良い。ロンドンや東京、横浜に比べて車の数が少ない、コペンハーゲンの中央部、人口の数も違うのではあるが。。。意識の問題、自転車専用道や建物やいろんなところでの自転車の駐車スペースなども長い歴史において整備されてきている。25年に75%の市民に徒歩、自転車、公共交通機関を使わせるのが目的。これだけの人達が自転車を利用するということには、提示された目標とゴールズが存在するのではないか、それも強制される始まりではなかったものが、少なくとも私たちの国における個人の概念と異なる考えがあるように思えてならない。北欧と言われる諸都市にその民度の高い姿が見れる。

コペンでは急進的な対策に戸惑う市民もいるようだ。政治家は「市はCO2削減ばかり追っている」と批判する。節約やリサイクルは当たり前。新技術が投入されても、都市での生活は便利なだけでなく、我慢も強いられる。最先端の都市はそんな生みの苦しみにも直面している。日本の自治体も50年排出ゼロを目標に掲げ、デジタル技術を生かすスマートシティー導入を探る。だが、家庭とオフィスを中心にした都市での排出削減は前途多難だ。90年度と19年度のCO2排出量を比べると、業務部門(商業・サービス・事業所など)は1.3億トンから1.9億トンに、家庭部門は1.3億トンから1.6億トンに増えた。脱炭素の波の中では大都市の公共交通機関の見直しが不可欠になる、例えて横浜、いろんな整備とセットで自転車の推進(環境にも健康にも良い)昔、廃止した市電に代わる、LRT(ライトレールトランジット)を主要な幹線道に再施設するなども一案、例えば、本牧から間門などはその候補になる、桜木町から間門まで引っ張ってくること。何十年もの計で現世代と次世代が繋いで考えるべきことだと思うのだがどうだろう。市の交通財政の負担を軽減させる意味でも50年ぐらいの計になっても仕方ないと思う、一年あたりの負担を軽減しながら、展望、ヴィジョンを見せるべきだと思う。無理なくソフトランディング。運営の主体は民間で、京急などが街づくりを含めてヴィジョンを出してもいいと思う、美しい景観、三溪園などの街の資産、海岸、住宅地としての再開発はむずくもないだろうと思ってしまう。自転車、ライトレール、そして取り残すことがないための運転手のいない自動運転のEVちびバス。スマートシティを想像してみると、今とこれからあるいろんな技術がそれらの具現に貢献して、それによりマーケットが活性化され、街や財政が豊になる可能性がゴールズとして描けるのではないか。

自然災害が起こった場合は、主体たる対応・対処は自治体となっている。その要因となると言われる気候変動に対して、科学的・学術的な根拠に基づいての積極的な取り組みは住民の生命と財産を守ると共に、将来的にも自治体の負担軽減につながると思われる。自治体が率先して気候変動に対して行く取り組みが必要な根拠はそこにあります。ややもすると20年などすぐに経過していくからです。対応しているのとしていないであれば、すぐ来る20年後に大きな差となる、北欧の諸都市など見ているそう思う。バルト諸国のワルシャワなどがその例として見れる。さらに北、つまり北欧を見ながら自国の行く末を計画している。我が国にも、自転車やEVバス、ライトレールトランジットへの変換に対して積極的な大都市(横浜みたいな規模がでかい都市だからこそ)があってもいいと思うのだが。もちろん全てがそうなれはしないだろう、そうはやりたくても出来ないところもある、しかし明確な目標とゴールズを決めておかなければ事態はさらに深刻化するばかりなりとも言えないだろうか。(書きかけの文章であり、学びの過程における個人の私感ノート、時間経過により非公開)

無印良品のフィンランド・ヘルシンキでの取り組み デザインとは服やモノのデザインを示すものだけではなくなった、もう何年も前から、生きる、未来、をデザインすることが人と末端で接する小売に求めらる。おしゃれとかかっこいいだけを売り物にすることはもうできない。何をゴールズとして提示できるかを求められるし、それによってコミットされることで、事業の継続が成り立つ。街・人・社会とどう生きる、もうモノだけではない、それを具体的に提示する必要がある、わかりやすく言うと経営のヴィジョンだ、そこにヴィジョンはあるのか。