直観を磨くもの

モノを創り、あるいは表現を監督するものにとって、もっとも重要なものは、知識を支えにくる「直観」であると私は思う。そばにいる、知る人の知識・知見に自ら聴きに行くことが大事だ。自分だけでは限界があるし、都合の良いようにしてしまう。

今の時代の人が理解するには昔の人すぎてわからないだろうその感覚が。そのままは持ってこれない、30年単位ぐらいで思想は変遷していく、つまり時代に、その大部分に合わなくなってくる。しかし、だからと言って知らないことで済まされない。これをベースに時代変遷した論調になっているからだ、今が。2013年のセンター試験に出た小林秀雄が。問題を見て泣いた子達もいたというのだ。そうだろう、全く学んでなかったからだ。それに関しては諸説が噴出したが。そもそも問題としてどうなのかと、しかしそうではない。センター試験レベルの10万人ほどのやがては日本の未来を支える礎となる人たちには、この人を経て変遷した論調が今なのだと理解してもらいたいという作問者の気持ちだったろうと私なら推察します。

ちょうどもう2年になりますね、この当時これをどうしても見たくて行った。柳は何を持っての「直観」なのかと。柳の日本民藝館で「直観」感じるでなく観であるところにご留意いただきたく。。。柳の民藝館、前人未到の業績を可能とさせたものは、ほかならない柳の「直観」でした。柳は、「直観とは文字が示唆する通り『直ちに観る』意味である。美しさへの理解にとっては、どうしてもこの直観が必要なのである。知識だけでは美しさの中核に触れることが出来ない」と、そして「何の色眼鏡をも通さずして、ものそのものを直に見届ける事である」と述べています(「直観について」1960年)。

小林秀雄への影響も大きい? 柳は小林の13上で柳は東京帝国大学文学部哲学科、小林は同大学仏文科でフランス語が話せた。小林が学校を出て社会に出た頃には柳はもう世の中に発信していた頃、「白樺派」の影響を受けていないはずはないと思うのだが、13個上ぐらいの人には一番影響を受けやすいように思うのだ。。。
日本民藝館には学ぶものがとても多い、単に「民藝」というものではない。
「とめてくれるなおっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」駒場東大前 日本民藝館にて。