Posted on 4月 28, 2020

PAPERSKY

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わが親愛なるルーク編集長が送ってくれました。今号からペーパースカイも装丁が変更になり大判に、写真がかなりいいですね。記事の内容もパワーアップ、TOKYO特集です。お茶のブレケルさんといとうせいこうさんの煎茶対談のページもありまして、なかなかおもしろかった、いいですよ。

今回のPAPERSKY x irose x GREEN LABEL の三者コラボ、これなかなかです。

Posted on 4月 25, 2020

MWL のオンラインショップが本日午後2時にオープンします。

Posted in お知らせ
まだまだつたないものではございますが、改善改良を尽くして。使いやすくしてまいります。商品は随時、環境が整った順番で増えてまいります。私どもには、まずは何はなくともお茶と急須です、お茶を飲んで、なんとか心やさしく過ごしたいものですね。なんとか新茶の時期に間に合いました。今日は三日月です。https://mwl-store.shop アドレスはこれです、オンラインショップは最後の文字がshopになっています。午後2時からアクセスが有効になります。どうぞよろしくお願い申し上げます。

Posted on 4月 14, 2020

「常滑、愛」。

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今さらながら「常滑、愛」。であります。あの好きな街に行けないから去年の4月、桜の頃に行った常滑を思い出しながら、日本における稀有な技術とデザイン性が高まった町としての常滑を紹介したい。私が常滑に深く惹かれていくようになったのは人である。今をさかのぼること数年前、それも静岡で行われていたお茶の催事に行った時に偶然に出会った素敵な人たちのファーストコンタクトがとてもよかったのだ、人柄の良さが前面に出ていたからだった。そうでもなかったら多分流していただろう、見てね。それが、お茶を目的に行ったのに。。。人は出会うのである、人に。だから面白い。それをきっかけに常滑に行くことになり、そこに居る、そこで創る人たちの出会いにつながり、創作性を含めた急須愛にかける、常滑の急須に関連した愛ある人たちの物語がとても好きになっていった。日本人のクリエイティビティーに「お茶」は不可欠、歴史を紐解けば紐解くほどに。抹茶でも煎茶でも、より日常である煎茶と煎茶を飲む道具としての急須は、クリエイティビティーの源流なのです。それをこんな高みにまで持って行った、風土、土壌としての常滑はすごいのである。

窯業を育んだ大地。常滑は、焼き物の窯を築く上で最も恵まれた立地条件にあります。起伏の多い丘陵地形が、窖窯(あながま)・大窯・登窯などの窯を築くのに適していたのです。また、常滑の土は可塑性に富み、比較的低い温度で焼き締まる特性があるため、大型製品の生産に適しています。こうした特色が、甕(かめ)や土管などの製品を中心とする常滑の窯業を支えてきたのです。戦後日本の高度な発展と上下水道の発達にとっては不可欠な産地が常滑の礎になって行ったのです。伊勢湾に臨みわが国家のほぼ中央に位置する地理的条件は、運搬や交易の面からも最適で、海運の発達と相まって、常滑製品は全国各地へとその販路を拡大していったのです。同じ近くの町にはソニーやトヨタの日本のモノ創りの根幹ルーツの巨大グローバルが生まれているのです、しかもそれらはとてもクリエイティブであり、それらのルーツの町が常滑であると言って過言でない。クリエイティブ、それは常滑であります。

六古窯と呼ばれる昔から、窯業の町として知られた常滑は、伊勢湾に面した知多半島のほぼ中央部に位置し、丘陵が連なっているため、かなり起伏が多く、街のいたるところで坂道のある美しい独特の景観を見ることができます。

千年だぜ。
建築の傑作、堀口捨巳さんによる設計デザインの「常滑陶芸研究所」、これはやばい。桜が綺麗、去年の話。モダニズムの極み。ここから才能は生まれる。
いいでしょう、天井の照明、作った当時のままだ。残して欲しいなぁずっと。造形デザインの生きサンプルとして後進たちの手本に。
茶室も千利休の思想をたがわずに持ってきているのだから。
このテーブルいいですねー、足元の多分ピータイルだと思うのですが、それも昭和の時代には前衛だったのかもしれない、堀口さんがあえて使うのだから。テーブルや什器のデザインの詳細にモダニズムを感じるのだ。
収蔵コレクションですが、これを見たときにはしびれました、本当に、しばらく時を忘れて見続けていました。
これも、もうね唸ってました、うーって、すごいって天才の仕業は。
谷川先生の藻掛け三部作、これまた好きなのです。藻掛けが常滑。
六古窯ですからね、自然釉は普通に存在しています。
今の次世代たちの展示と即売も。
主宰の「清水北條」先生はここ「陶芸研究所」の研修生たちに「急須ロクロ」の指導をされています。

モダニズムとクリエイティビティーの町、常滑。「常滑、愛」。

急須でお茶を

Posted on 4月 10, 2020

ウィーン分離派

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ウィーン分離派とは19世紀末のウィーンで同時期に先にあったミュンヘン分離派(ユーゲント・シュティールの一つの集団、その後のベルリン分離派などにも影響)に影響を受けて結成された新進芸術家のグループのこと。総合芸術を志向していたところが特徴であります。あの著名な画家グスタフ・クリムトを中心にした世紀末芸術集団であります。新しい造形表現を追求しました。それぞれのドイツ、オーストリアの保守的な芸術家連盟から独立し分離するということでその名がある分離派。それが世紀末の代表的な造形運動につながっていく、驚くべきは現在も存在していることにある。つまり新世紀に向かった新しい造形運動の生まれということ。新しい生まれがそこにあった、新しくならざるをえないために新しいものが生まれる、生むということ。それは時代の必然、歴史的にもそれが繰り返している。

で、ウィーン分離派である、クリムトを中心ではあるが、私はヨーゼフ・ホフマンという建築家でありデザイナーに以前から興味を感じていました。40年ほど前からですかね。彼は家具デザインの秀作を残していて、現在も買うことができます。(昔の大塚家具にはあったのですが今はどうでしょう。)ヨーゼフは新世紀(20世紀)に入りウィーン工房を主宰しました。住宅、インテリア、家具をはじめ、宝飾品からドレス、日用品、本の装幀など、生活全般に関わる様々な分野でデザインを行いました。私が影響を受けたのはここであります。ドレスっていいでしょう、クリムトの絵なんてファッションよりもファッションしてますからね、まさに。単一ではなくて連鎖する総合的な造形デザイン(それは結果的に芸術ではなくてデザインそのものの定義を意味している)を指揮するというところです。それは日本で近い時期にあった吉田璋也さんや丸山太郎さんの考えに近いものがあり、イギリスにおけるデヴィッド・メラーさんもそうであります。単一のデザインではなく総合デザインを指揮するというところにあります。私、MWL STOREはその影響下にあります。

ヨーゼフ・ホフマンの椅子、曲木工房のトーネットで製作されている。大きくなくて自然に空間に同居していて、本来デザインというのはそういうものだ。今もあるよ。
世紀末芸術が今にもの残る、100年デザインとも思えないモダンさがある。
最も好きな家具工房WITT MANN社、名前からしてTとNを重ねているデザインとしての名称が極まっている。
世紀末から新世紀へ
その歴史に影響を受けた、今の人たちの現在の作品。ウィット(ヴィット)・マン社