投稿日: 3月 05, 2026

ほんとうにいいものなんてものはそんなにない

カテゴリー: La La Begin BOYNA

ただのどこにでもあるグレゴリーではない。そこんとこが魅力。そういうものばかりを追いかけてきた。

31,900円 26リッターの容量は女性を考えて企画された。けど男にも十分だぜ。

ま、店頭で背負ってみてよ。

世界中のバッグパッカーから「バッグのロールスロイス」と呼ばれている。特にこれをもてばわかります。ただものではない具合。生まれはサンディエゴ、今はソルトレイクシティに本社を移している、すぐ山があり、試せるからだ。今はサムソナイトの傘下にある企業になってしまった。

ダグのノスフェ、イヴォンのパタと共に第一世代のバックパッキングブランド、その中でも特に品質にうるさかった昔からね。

 
社会人として必要にして十分の大きさだろう、これ以上大きくても、え、山行くの? え、キャンプ?ってことになる、東横線にはこのサイズだよね。日本一おしゃれな街を行く、東横線だから。代官山、中目黒、自由が丘、田園調布、最近じゃムサコ、日吉、横浜、みなとみらい、そして、延線した終点は元町中華街ときたもんだ、すごいよね、どの街もいいよ、地価も高いぜ。 

投稿日: 3月 04, 2026

柳宗理を再考す @ 金沢 編 MWL Business Story

カテゴリー: Liberal Arts

2025年9月8日のブログより、再掲載 学びはMWLの主是 ここにしかない学びを提供する

グローバル化時代にあってのローカルアイデンティティを語るMWL  

今一度、柳宗理の思想にスポットをあてる、親父さんじゃなくて、息子の宗理の偉業

以下、去年の秋の始まりより再掲

どうも、金沢に行くようになってそのたんびに行く場所が金沢美術工芸大学であった。今回はその関係を紐解いてみよう。MWL Business Story 柳宗理を再考す編のまとめ

横浜市にもこういう思想を求めたい、大箱ばかりでなくて、知的水準の高いもの

まず初めに:日本の代表的工業デザイナーである柳宗理と金沢美術工芸大学は、深い繋がりがあります。

連携の経緯

柳宗理は、金沢美術工芸大学で約50年間にわたり教鞭を執りました。この長い期間にわたる関わりが縁となり、2012年3月には柳工業デザイン研究会から、彼の作品や模型、設計図などのデザイン関係資料約7,000点が金沢美術工芸大学に寄託されました。この寄託を機に、2014年3月には大学の附置施設として「柳宗理記念デザイン研究所」が設立されました。

柳宗理記念デザイン研究所

柳宗理記念デザイン研究所は、柳宗理のデザイン活動や思想を後世に伝えるための拠点となっています。ここでは、以下の活動が行われています。

  • 展示: 柳宗理のデザインした製品や資料が常設展示されており、来館者は実際に見て触れることができます。

  • 教育・研究: 寄託された資料を活用し、学生へのデザイン教育や研究活動が行われています。

  • 啓蒙・普及: 企画展や公開講座を通じて、柳宗理のデザインの美しさや思想を一般の人々に伝える活動をしています。

この研究所は、「手で考える」という金沢美術工芸大学のデザイン教育理念にも大きな影響を与えています。また、金沢市は「柳宗理デザインミュージアム(仮称)」の整備も進めており、さらに柳宗理のデザインを広く発信していく計画であるようですよ。

本論:

戦後日本の産業デザイン史において、柳宗理(1915-2011)と金沢美術工芸大学の関係は極めて重要な意義を持つ。両者の約50年にわたる協働は、日本のデザイン教育の礎を築き、多くの優秀なデザイナーを輩出することで、戦後復興から高度経済成長期における日本の産業発展に大きく寄与した。

1. 歴史的背景と関係の始まり

1.1 金沢美術工芸大学の産業美術学科創設

1955年(昭和30年)は日本デザイン史における画期的な年であった。この年、金沢美術工芸大学が美術工芸専門学校から短期大学を経て四年制大学へと発展し、同時に産業美術学科が新設された。

戦後日本が国を挙げて産業化へと舵を切る中、金沢市は繊維産業と陶磁器産業という輸出の花形産業を擁していた。地域産業の発展に貢献するデザイナー育成という産業界の要請に応える形で、現在のデザインにあたる「産業美術」を掲げた学科再編が行われたのである NPO法人建築思考プラットホーム

1.2 柳宗理の招聘と教育への参画

産業美術学科の新設にあたって講師として招聘されたのが、当時デザイナーとして第一線で活躍していた柳宗理と大智浩(1908-1974)であった。1956年に嘱託教授として就任した柳宗理は、この時から2005年の退職まで約50年という長期にわたって同大学で教鞭を執った 金沢美術工芸大学

2. 柳宗理のデザイン教育哲学

2.1 「手で考える」デザイン手法

柳宗理の教育の核心にあったのは「手で考える」という独自のデザイン手法であった。これは単なる理論的な考察ではなく、実際に手を動かして模型を作りながらデザインを練り上げていく実践的なアプローチである。「デザインの構想は、デザインする行為によって触発される」という柳の言葉が示すように、思考と制作を一体化させた教育理念であった Casa Brutus

この「手で考える」理念は現在でも金沢美術工芸大学デザイン科の教育方針として受け継がれており、柳宗理の教育思想が現代まで脈々と継承されていることを示している。

2.2 「用の美」の実践

父である柳宗悦の民芸運動から受け継いだ「用の美(ようのび)」の思想も、柳宗理の教育に深く根ざしていた。これは「実用性の中に美しさがある」という理念であり、機能性と美しさを両立させたデザインの追求を意味した。この思想は学生たちに、単なる装飾的なデザインではなく、生活に根ざした真の美を創造することの重要性を教えた。

3. 教育成果と影響の拡散

3.1 多くの優秀なデザイナーの輩出

柳宗理の指導の下から多くの優秀な卒業生が巣立ち、日本の高度経済成長以降のデザイン界を支えていった。この先見性と社会に貢献する姿勢は職員や学生を鼓舞し、金沢美術工芸大学の声価をより一層高める結果となった 金沢美術工芸大学

3.2 酒井和平氏に見る継承の具体例

柳宗理の直接の指導を受けた代表的な人物の一人が、後に金沢美術工芸大学名誉教授となった酒井和平氏である。酒井氏は開設より12年間同大学の専任教員として教鞭をとり、現在のインダストリアルデザイン教育の礎を築いた。彼による講演「金沢美術工芸大学・工業デザインの誕生と柳宗理先生」は、柳宗理の教育理念の継承を物語る重要な証言となっている YouTube

4. 現代における取り組みの継承と発展

4.1 柳宗理記念デザイン研究所の設立

2014年3月、金沢市尾張町に「柳宗理記念デザイン研究所」が開設された。これは、2012年3月に一般財団法人柳工業デザイン研究会から約7,000点のデザイン関係資料が同大学に寄託されたことを契機として設立された大学附置施設である 柳宗理記念デザイン研究所

この研究所は単なる展示施設ではなく、教育・研究・収蔵・普及・発信・交流機能を一体的に備えた総合的な施設として機能している。特に注目すべきは、展示作品にキャプションや説明文を一切用意せず、来館者が「無心にモノと向き合って自らの眼で素直に美を感じ取る」ことを重視している点である。

4.2 新たなデザインミュージアム構想

2022年には「金沢美大柳宗理デザインミュージアム(仮称)基本構想」が策定され、さらなる発展が計画されている。この構想では、柳宗理のデザイン資料の展示機能だけでなく、教育・研究・収蔵・普及・発信・交流機能を一体的に備えた新たな施設の整備が予定されている 金沢市

4.3 継続的な教育活動

現在も柳宗理記念デザイン研究所では、オンライン講演会や特別展示を通じて柳宗理のデザイン思想と教育理念の普及に努めている。これらの活動を通じて、新たな世代のデザイナーや研究者に柳宗理の理念が継承され続けている。

5. 現代的意義と今後の展望

5.1 グローバル化時代におけるローカルアイデンティティ

柳宗理と金沢美術工芸大学の取り組みは、グローバル化が進む現代において、地域の文化的アイデンティティを維持しながら国際的に通用するデザイナーを育成するモデルケースとして重要な意義を持つ。金沢の伝統工芸と近代デザインの融合という視点は、現代の「クラフト創造都市」金沢の基盤となっている。

5.2 「手で考える」理念の現代的価值

デジタル技術が発達した現代においても、柳宗理の「手で考える」理念は失われることない価値を持ち続けている。実際に手を動かし、素材と直接対話しながらデザインを生み出すプロセスは、AI時代におけるヒューマンセンタードデザインの重要な基盤となっている。

結論

柳宗理と金沢美術工芸大学の約50年にわたる協働は、戦後日本のデザイン教育史において特筆すべき成果を残した。「手で考える」デザイン手法と「用の美」の理念に基づく教育は、多くの優秀なデザイナーを輩出し、日本の産業発展に大きく寄与した。

現在の柳宗理記念デザイン研究所の活動や新たなミュージアム構想は、この貴重な教育遺産を現代に継承し、さらなる発展を図る重要な取り組みである。グローバル化とデジタル化が進む現代においても、柳宗理の教育理念は色あせることなく、新たな世代のデザイナー育成に重要な示唆を与え続けている。

この歴史的な取り組みは、単なる過去の遺産ではなく、未来のデザイン教育のあり方を考える上で極めて重要な参照点として位置づけられるべきであろう。

金沢へ行くと必ず立ち寄っています。素敵ですよ、いつ行っても不思議なくらい人いないし、みんなデザインに興味がないのかな。それが不思議でならない、工芸とデザインと美術ね。今年も行きました。学びのレイヤーにね。
宗理と言えば白磁の美しさ 
 

投稿日: 3月 03, 2026

3月4日より柳宗理の食器販売開始

カテゴリー: Liberal Arts

販売を始めることは自分の中で去年の夏 9月7日から決まっていました。この春まではすでに各作家さまの個展がびっしり入っておりましたので、早くて来年の春の終わりかなぁとも。。。

4年ほど前から金沢の九谷焼の窯元を訪問する機会が多くなりまして、必然的に金沢という街を改めて見まくることになりました。その駅周辺の素晴らしい整備具合は横浜ですら成し得ておりません。お城文化のいまだに息づく街というものの凄さを改めて知ることに!百万石ですね。寿司はうまいし、おでんはうまいし、魚はうまいしと、琴線が鳴りまくる街でございます。私にはね。

そして、何よりも驚いたのは、柳宗理先生の仕事に。

自分にはもうすでに知り尽くしたコトと思っていたのに、金沢に行くたんびに訪れたことによって、自分が気づいていなかった柳宗理が出てきたのでした。

あかん、これはもう一度柳先生をやらねばならぬ、とね。

3月はいろんな節目の季節です、卒業、すぐに入学、入社、転勤、定年、引越しに、結婚、いろんな人が動いていく、そんな時に、生涯を通じて日々使えるようなものを、あげてあげたい、そんな思いに柳宗理は応えてくれます。価格もこなれていて、どの世代の方が受け取ったとしても嬉しいものです。

古白磁の染紋付の意匠もとてもいいです。さすが柳デザイン・深山食器店

3月になった明日の店頭から始まります、

 
先月行っていただいた、Lala Begin サマのインスタライブでも先行でご紹介。この頃から花粉がひどくて、今にもくしゃみしそうですね。さやかちゃんありがとう、お世話になりました〜。
 
金沢に行けば必ず訪れます。もう4年
 
ここで50年の長きにわたり教鞭をとったといいます。
なんかまた新鮮ですね。
Screenshot

投稿日: 3月 02, 2026

ものを知るということとは

カテゴリー: 開物成務

まず観(み)なさい そのあと 知りなさい

一つのものを きっかけにして その背後とか

そのものが  どういうふうに なぜ自分は美しいと思うんだろうかとか

あるいは 自分がいいなと思うものが

どうやって つくられているのだろう どんなところでつくられているのだろう

どんな人がつくっているのだろうということを 知っていくことで

自分の中の暮らしの豊かさというのは もっと広がっていく

それ自体が自分の暮らし、生きざまを豊かにする小さな実践になるのではないか

 

自分の気持ち

家族の気持ちを大事にする表現として

私はこういう丁寧な生活を取り入れています。

投稿日: 3月 01, 2026

他で見かけない、素敵なワンピースとパンツのお話。

カテゴリー: お洋服とバッグ

先日お買い上げいただいたお客さまから、ありがたいお言葉をいただきました。

「おはようございます☺︎到着しましたー!どちらも大満足です♡肌触りの良いワンピ!ロングワンピは人生初!持ってない形で嬉しいです(嬉しい)
パンツは、白ブラウスとTENBEAのイエロートートがよく合いました。

早速午後からGジャン羽織ってワンピ着てパンツの裾お直しに出かけます。ありがとうございました。」

ありがとうございます。

お洋服とお洋服、お洋服とバッグのどちらでも2点で10%OFFやっています。いずれも今年で、春の新商品。新作とは、ディテールやデザインに今時らしい新しいが載っている商品のことです。

ホワイト この佇まいは舞い降りてきた感あり 他でみかけない
 
グレー このムーンスター久留米(福岡県)上質にこだわり切ったグレーのスニーカーとの相性が抜群
花紺・ネイビーの明るい色、春夏らしく
このパンツは2色とも完売しました。他にも色々なパンツあります。

投稿日: 2月 25, 2026

ケルン 以前のキースについて語ろう。

カテゴリー: Liberal Arts

キース・ジャレットのことはマイルス・ディヴィス好きの兄の部屋から聞こえくるレコードで知った。その後ケルンコンサートも兄が最大級に賛辞していた。キース・ジャレットとマイルス・デイヴィスの関係は、単なる「師弟関係」という言葉では片付けられない、ジャズ史上最もスリリングで、かつ特異な化学反応の一つで、1970年から1971年というわずかな期間でしたが、この二人の邂逅は両者のキャリアにとって決定的な転換点となりました。

1. 邂逅:エレクトリック・マイルスへの合流

1970年、マイルスは自身のグループを電化(エレクトリック)させ、ロックやファンクの要素を融合させる革新の真っ只中にありました。キースは当初、エレクトリック・ピアノやオルガンといった電子楽器を「魂がない」として嫌っていましたが、マイルスの圧倒的なカリスマ性と音楽的ビジョンに惹かれ、加入を決意する

  • 異例のツイン・キーボード: 当時、グループにはすでにチック・コリアが在籍しており、マイルスは二人に同時に弾かせるという贅沢な編成をとった。

  • 「弾かない」ことの教え: マイルスはキースに対し、具体的な指示をほとんど出しませんでした。唯一の有名な助言は、「お前はピアノを弾くのが好きすぎる。もっと弾かないことを覚えろ」という趣旨のもので、これが後にキースの空間美を活かしたスタイルに影響を与えたと言われています。


2. 音楽的貢献と「ライヴ・イヴル」

この時期のキースの演奏は、後のソロ・ピアノで見せる叙情性とは打って変わり、攻撃的でファンキーなエレクトロニック・サウンドが特徴です。

  • 即興の極致: アルバム『Live-Evil』や、映像作品『Live at the Isle of Wight』では、マイルスのトランペットと激しく火花を散らすキースのオルガン・ソロを聴くことができます。

  • マイルスからの信頼: マイルスは自叙伝の中で、キースを「自分のアイディアをすぐに理解し、それを発展させることができる天才」と高く評価していました。キースが脱退した後、マイルスはしばらく固定のピアニストを置かなかったことからも、その存在の大きさが伺える。


3. 離別と「アコースティック」への回帰

1971年末、キースはマイルスのバンドを去ります。この離別は、キースが自分自身の音楽(特にアコースティック・ピアノによる内省的な表現)を追求するための必然的なステップだった。

比較項目

マイルス・バンド時代

脱退後のキース

主な楽器

電子オルガン、エレピ

アコースティック・ピアノ

音楽性

アグレッシブ、ファンク、集団即興

叙情的、完全即興、クラシック的

役割

アンサンブルの要、補佐役

ソロ奏者、トリオのリーダー

4. 互いへのリスペクト:晩年まで

マイルスはキースの才能を認め続け、キースもまた、マイルスを「音楽の真実を知っている数少ない一人」として敬意を払い続けた。

1991年にマイルスが他界した際、キースは**「Bye Bye Blackbird」**を録音し、偉大な師に捧げました。マイルスの「音の選択の厳しさ」と「沈黙の使い方」は、キースの代名詞である『ザ・ケルン・コンサート』やスタンダーズ・トリオの演奏の中に、形を変えて息づいている。


結論として キース・ジャレットにとってマイルスとの日々は、音楽的な「野生味」と「空間の支配力」を叩き込まれた修行の場であり、マイルスにとっては、自身の革命を加速させるための最強の起爆剤を得た幸福な時間であったと言えるでしょう。

4月にこの映画が公開、面白そうです。

まんまケルン、クラッシックの人ですが

投稿日: 2月 24, 2026

春のパンツ祭り

カテゴリー: Liberal Arts

洋服と洋服、あるいは洋服とバッグの2点で10%Off 日曜日まで。

この春、うちはどかっとしたパンツ、推し、全てこの春の新作、コットン系のカジュアルから、綺麗目までどかっとしたパンツを揃えました。まあねトレンド

フリルは去年から流行中

 薄いグレーにスモーキーなピンク、これも今年のトレンド
ゆるっとしたOP 実際は真ん中の紐で内側から絞ることできますから、いい感じに長めでいい色です、大人に!
 
 
 
 
このゆるいパンツのネイビーはほんとおすすめです。襟フリルと袖フリルでいっとくー
まあね一枚は持っていたい、年齢関係ない服を集積
羽織のついたOP まず見かけないでしょう。ムードチェンジにいいですよ。
デニムのどかっと、どなたにも
ポケットの形が生地とあいまっていい見えします。トップス短いのを着れば、スタイリング確立できます。またいいブラウンなんだな
色違い
細見えの綺麗目2色あり
これがイチオシのどかっとパンツ いい色です。(2/27完売済み)