これねいい曲なんですよ。
モップスので知った人多い、けど僕はアルバム買ってたので知ってた。多分拓郎さんの最高傑作のアルバム、高円寺、まにあうかもしれない、リンゴ、祭りのあと、旅の宿、夏休み、親切、せんこう花火、春だったね、というアルバムを10枚ぐらい出して初めてリストアップされるような一曲一曲の名曲がたったこの`この元気です`一枚に収められていてね、日本のサージェントペッパーレベルだよ、後から気づくと。
詞も曲もバックバンドというか当時のスタジオミュージシャン、拓郎がキレッキレの時代だったのだろうなぁ。いい録音ですよ、アナログで聴いてもね。
元気ですというアルバム1972年のものでね、バンジョーがとてもいいんですけどね、これが松任谷正隆さんでね、みんなあまり知らないけど、正隆さんブルーグラスの達人、今も好きらしく自分の原点って言ってますね。ハモンドのB3と共に。すごいな、あの雪村いづみさんとのティンパンアレーのライブはすごいですよね。あれもハモンドで真剣に弾いているスタジオミュージシャンとして。ティンパンがね。
2年ぐらい前かな
Tokyo FMのプログラム「松任谷正隆の…ちょっと変なこと聞いてもいいですか?」において、吉田拓郎氏ゲストの回がありました。通常のゲストでは2週続けてのところ、氏の場合は4週連続でしたから特別扱いなのがはっきりとわかりますね。
「松任谷ってバンジョーとかフラマン上手いじゃん。」
「いやぁ~そぉね」
「知らないの?みんな。でっ、君のことさぁキーボーディストでクルマの事くわしい人とか思ってるかもしんないけど、俺なんか、だってあのぉ~、かまやつひろしが歌った我がよき友よってさ、松任谷がバンジョー弾いてんだよ。」
「あれ俺なの?」
「ありゃマンタだよ。」
~中略~
「色々ねぇ、あっちこっちでねぇ、あのアコースティックな楽器入れてくれてんのよ、僕のアルバムにも。フラマンもいっぱい入っているし。」
「でっ、今でもフラマンとかバンジョー弾けんの?」
「うん、バンジョーなんか二本くらい新しいの買った。」
「えっへへ(笑)、今でもそういう楽器弾いたりしてんの。」
「って言うか、バンジョーはなんか凄い好きなんだよね。」

