投稿日: 12月 06, 2025

世界が注目するジーンズ

カテゴリー: La La Begin BOYNA, Made With Love, アルチザンな人たち, 和魂洋才, 私が選ぶスタンダード, 街物語, 開物成務

昨日、27インチが入荷してウィメンズのなんと4サイズを揃える強気の展開をすることに、3サイズで展開していたら、現物見てたらあまりにかっこよろしくて人気者だからです。股上深くハイウェストでお腹とヒップ周りをフィットしたかっこよさ、太ももからすぐ太いワタリからニーのデザインの良さは現代的なジーンズスタイルの「LUNA」の他で真似できていない文化すら感じる特徴です。創業して僅か2年そこそこのブランドにこれほど世界の目が集まった理由。岡山産であるからです。世界のジーンズ好きがリスペクトなエリア産地として。

この製品は、国産デニム発祥の地として知られる岡山県(特に井原市や倉敷市児島地区)を中心に、紡績から生地製作、縫製まで行われています。世界トップクラスの品質を誇る日本製デニムの技術を活用し、ベーシックで時代に左右されないデザインを特徴としています。 岡山〜、特に倉敷〜
 特別な糸で織られています。なんとウィメンズもので4サイズも揃えましたた。この規模の店で、それはこれの一つ前のララ別注のニードバイヘリテージをたくさん売った実績と自信からですわ。なんと18,700円という、バーゲン価格やろうと、モノの価値知ると。ララビギンだからできること、あらゆる情報が集まるからです。24inch~27inch
二ードバイ・ヘリテージと申します。
ジーンズの聖地、倉敷市児島、倉敷には大原美術館があります。クラボウの街、糸にこだわりが文化としてある、美観地区もある、美的な美しさにはこだわる、古い話で恐縮ですが僕が大学入っての初めての夏休みに旅行に行ったのはアイビースクエアというホテルを初めとするエリアでした。その年のGWに行っていたのが飛騨高山です、高山線の急行は大阪駅始発でね、ゆっくりした急行で、、、おっとまた脱線しよるばい、どこの人や。とにかく倉敷は日本民藝にとって大変重要な位置付けにある街で、それは大原さんの存在であって、いろんな人に民藝の影響として与え続けた、宗悦だけやおまへんで。そんな街のジーンズやん、美しいはずや。あかん果てしなく描き綴ってしまいますわい。
この股上の深さとハイウェストなフィット、太もも付け根からいきなり太いシルエット「LUNA」です。世界が注目

文化は西から

投稿日: 12月 01, 2025

月曜日は定休日です。12月は明日2日と9日の火曜日は営業します。12時から18時半です。

カテゴリー: Liberal Arts, アルチザンな人たち, センスのいい住宅を創るためのアイデア, リスペクト, 元町・山下町・山手町, 和魂洋才, 安土草多, 感謝と御礼, 私が選ぶスタンダード, 私のファッション講座, 街物語, 開物成務

本日は月曜日、定休日にあたります。12月はいよいよ安土さんの展示会の後半にあたります。ご来店されるお客さまも多くいらっしゃいます。ごゆっくりお選びいただけますよう、火曜日も営業いたしますので、🎄クリスマス、🎍お正月へのインテリア計画に是非、たった一つで室内空間が劇的に変化、多様になる、安土さんのランプの導入をご計画くださいませ。

元町からメリー🎄クリスマス!
 
泡、泡、泡 あわ、かわいい この時期の部屋にふさわしいランプの構成、手づくり名品 リアルな生涯品としてのランプ、いろんな場所にも移動続けて、何十年も、いや世代を引き継いで残っていきます。お取り扱いさせていただき10年経ちました。今年はあなたのお部屋に 🎵

投稿日: 10月 08, 2025

深山(みやま)食器店のPOP=UP来週金曜日10/17より開催します。

カテゴリー: アルチザンな人たち, リスペクト, 気になるもの。, 私が選ぶスタンダード, 開物成務

深山食器店

岐阜県瑞浪市。三市からなる美濃焼産地の中でも磁器、特に白磁の製造に特化したこの地区に深山はあります。
昭和中後期、世界の工場として欧米の洋食器ブランドの依頼に対し上質な白磁の洋食器を供給した時代に培われたものづくりの基礎。
それら受け継いだものを基に、現代の暮らしに寄り添った丁寧な道具としての器を作られています。

創業の頃よりMWL STORE 元町は白磁にこだわっています。深山食器店さまと繋がったきっかけは、金沢で見ていた柳宗理さんの大学での展示で、改めて再度、宗理にガツンとやられていて、ここんところ、白磁だなぁオレのルーツは、、、と思ってしまいました。金沢行くたんびに見ていて、その宗理の食器の一つのシリーズを深山食器店さんが作られていることに辿り着いたわけです。

そこから深山食器店さんを深掘りしていくと、あるわ、あるわの素晴らしさに出会ってしまったわけです。

そしてPOP=UPをお願い申し上げたわけでございます。なんとな。

私はこの深山食器店さんに「中庸のプレミアム」私が推進する思想としての、思想、を久しぶりに企業に見ました。僭越ながら、そう感じてしまいました。ここ何年、それを感じる企業さんに出会えていませんでした。つまり私の琴線にかかる、思想と見え方、創造性と価格を日本製で具現されているところです。

私が、「我が意を得たり」と思ってしまったのも、存外知るべくして導かれて行ったと言っても過言ではございません。私には幸福というのはこういう時間のことでございます。お一人の作家さんだけでなく、ご担当、企業さんからそれを感じている次第です。どうぞ作品展にご来場いただき、優れた作品性の数々をご覧いただき、実際の使用にご購入をお願い申し上げます。

 
ご紹介したいものがたくさんアリすぎて、まずはカレー皿、この他にも数種類のカレー皿をご用意しました。
日本人の家はカレー、おふくろの味はカレーにきまっとります。美味しそうじゃないですか、皿がいいから食も進む。24cm  4,180円 結構大きいですよ八寸というサイズは、それが故に用途はイロイロある 
深山食器店さん料理がお上手、毎日弁当作る自分にはわかります。 
 白磁ですから、高温焼成で強いです。 色もいいし、サラダもうまいというものです。

まずはカレー皿から、どんどんUPしていきますから。

投稿日: 10月 04, 2025

今日も小北條

カテゴリー: 開物成務

このまんまの作品はもうございませんが、年明けの、常滑の最高急須展がまたあります、うちで、その時にはいろいろそろってくる予定でございます。あぁもう何年だろう、年明け急須、横浜〜

小北條も僕も「美の種」を蒔くのが仕事

投稿日: 9月 14, 2025

ジャン・パトゥというアール・デコを生きた男のメゾン

カテゴリー: 開物成務

MWL  BUSINESS Brand Story アール・デコを追いかける、今回はアール・デコとファッション

ファッションは私の出自。生涯をかけて作り上げるもの、MWL の根幹、だから日本で創られているお洋服にこだわるのです。

さて、アール・デコであります。アール・デコの始まった年代とは、一般的に1920年代に始まったとされています。

この様式の名前は、1925年にパリで開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会(Exposition internationale des Arts décoratifs et industriels modernes)」に由来しています。この博覧会を機に、世界的に広まっていきました。

第一次世界大戦後から第二次世界大戦が始まる1930年代後半にかけて、建築、工芸、ファッション、グラフィックデザインなど、様々な分野で流行しました。

アール・デコの時代を駆け抜けたファッション人としてのジャン・パトゥの際立った存在

その影響はファッションにというか、先見性のあったジャン・パトゥという個人に大きく影響した。たった49年の短い人生をセンスという名のもとに生きた男の物語だった。センスのメゾンの始祖とも言える男の短い49年だった。今も名前が残る。LVMHが持っている、それはフランスそれもパリの無形遺産だと言えるからだろう。特に香水が優れている。全てのメゾンが香水をするのは収益性の高さからである。宝飾品のように。日本人はあまり香水を好まないが欧米人には絶対のものである。メゾンが生き残った根幹の商品が香水と宝飾品。

ジャン・パトゥ、49年という短い生涯を風のように駆け抜けたセンスの男
UNITED STATES – JANUARY 01: The stylist Jean PATOU choosing his models in the United States for his French atelier. (Photo by Keystone-France/Gamma-Keystone via Getty Images)
いかにもアール・デコなファッションやヘアスタイル、彼の力量であった、世界を席巻した

パトゥは1914年に自身のメゾンを創設する、なんと27歳の時であった。第一次世界大戦で、メゾンは一時中断を余儀なくされ、戦争の前線から戻ると、彼は直ちにブランドを再開した。そのクリエイションは、バルカン半島や東方への遠征がインスピレーションとなっていたと言われる。若きクチュリエが望んだこと。それは、それまで女性に課されていた制約の多い衣服から女性を解き放ちたいというものだった。彼は、コルセットのないドレスや丈を短くしたスカートを販売し、街中で着用することを前提としたスポーツラインや、自身のイニシャルのモノグラムを発表した。パトゥは、競合ブランドのランバンや最大のライバル、ガブリエル・シャネルと比べて、先見性という点で際立っていた。たとえば、彼はテニスチャンピオンのスザンヌ・ランランをミューズにし、ボーイッシュなスタイルが流行していた当時に背面のネックラインを低くしたロングドレスをデザインしています。彼の先を見据える力は確かだった。1919年から1924年の間にメゾンの収益は30倍に増加。当時のセレブリティたちがこぞって彼のドレスを求めたのです。

コルセットから女性を解放したスポーツラインとしてのテニスウエアの元祖、今でも通用するというか、これほどの先進性を見ない パトゥ偉大なりである。100年前だという時代を考えていただきたい。
バレェの影響したテニスをしたと言われる スザンヌ・ランラン今もローランギャロスのコートの名前として残る。全仏オープン 
スザンヌ・ランラン ウエアのデザインはパトゥ
同時代に発表したスポーツの影響したコレクションとモノグラム アール・デコの影響が窺い知れる
アール・デコの時代の狂騒の20年代のしゃれ男。非の打ちどころのないセンスを持った見識ある審美家。ヨーロッパとアメリカ中を旅して周り、その彼のことを、アメリカメディアは「ヨーロパで最もエレガントな男性」と称賛した。

投稿日: 9月 12, 2025

横浜とアール・デコ建築

カテゴリー: 開物成務

日本における西洋様式をいち早く取り入れてきた街、横浜。中でもアール・デコの様式は横浜の歴史にとってとても重要な位置付けにあり、街が発展してきました。

今から102年前の9月1日におこった関東大震災、その震源地は神奈川県。横浜には人口が集中していただけに未曾有な大災害となり、壊滅的に街が壊れました。長い長い復興の時間がかかり、その後の復興事業の大事な部分に、自分たちが誇れる、好きでいることのできる街、として復活再生をするという項目が盛り込まれました。

そんな状況下、この荒廃し何もなくなってしまっていた美しい横浜に、再び復興のシンボルとして後世に誇れる建物、象徴的なものを建てようという考え方です。その礎になったのが、横浜の三塔です。キング、クイーン、ジャックの愛称で今では馴染み深い。それぞれ、キング:県の本庁舎、クイーン:横浜税関、ジャック:横浜市開港記念会館のことで、これらは神奈川の復興のシンボルとして、港横浜、神奈川を象徴し、再び美しい街を作り上げていく礎となっていきました。

そして港を通じ、商船や客船によって世界の人たちが来る街に、世界に誇れるような国際ホテルを創るという気運も生まれ、横浜市が主体となって新しいホテル、その名もホテルニューグランドが誕生しています。今も土地などは横浜市が所有するもので、地代などをホテルは横浜市に支払っています。国際都市としての横浜の始まりの場所が山下埠頭を見下ろす場所に建築されたのでした。

これらの復興事業は1920年代の後半に建てられて、この当時のアール・デコの世界的流行の影響を受けてそれぞれの建築に取り込まれていて、日本で他に例を見ないぐらいにアール・デコな街が横浜市なのです。

その背景には復興復活再生というプログラムがありました。

中でも100年経った現在も魅力的に日々を更新続けるホテル、それがホテルニューグランドです。

ここのアール・デコは圧巻です。外装からすでにアール・デコが始まります。1927年竣工の横浜復興のシンボル。

赤い外テントの部分がカフェでして、ここの洋食の数々やパフェは悶絶級です。この前にLRTを引いて欲しかった、桜木町から、本牧、そして三溪園の間門まで。いずれ、もっと先までぐるりと海沿いに、100年後にはあればいいな、そんな長い視点の都市計画であって欲しい。アール・デコを壊さないで。夢大きく、多い、市長や知事が登場するのを待つしかないですね。
圧巻な階段とアール・デコなシャンデリアランプや壁面の装飾 アール・デコ!
山下公園から見たところ
上の2階部分のバンケット 

ホテルニューグランドの設計者は渡辺仁といいます。あの銀座四丁目の三越の向いの時計台のビルの和光ビルの設計者で、同じですね、でも和光の方はネオ・ルネサンス様式のビルでアール・デコではないようです。

でも美しいビルですね 
 服部セイコーのビル

投稿日: 9月 11, 2025

アール・デコの細部に宿るもの

カテゴリー: 街物語, 開物成務

建築家のセンスを引き上げなければ、こういうものは歴史に残らない。資本家とセンスが結託しないと歴史上の優れた産物は残っていない。見てきてそう思う。つまり資本家のセンス、教えてもらうということだろう、わからないならば。学びと、言葉を変えて良いだろう。集大成さ、人生の。残るものに残すという。

なぜアール・デコ、なんだって?理由は極めて美しいからさ。

 
 
 
 
 
 
 

「開物成務」とは、「物」を開き(この場合の「物」は物そのものだけでなく、人間を含んだ広義の解釈)「務」は事業の意味で物を開き、務めを成すと読みます、「開成」とは「開物成務」を略したものです。
進学校の開成の語源です。タダで学べるものなんて何一つない。自ら金を出して学びを教えてもらうこと。

投稿日: 9月 07, 2025

杉浦非水

カテゴリー: 開物成務

いろんな側面からアール・デコを捉える MWL Business Story 「杉浦非水」編

杉浦非水(1876-1965)は、近代日本におけるグラフィックデザインの先駆者として、明治から昭和にかけて活躍した。彼の芸術的な軌跡は、アール・ヌーヴォーからアール・デコへという20世紀初頭の装飾美術の変遷を体現している。本考察では、特に1922年のヨーロッパ遊学を転機とした非水の様式変化と、日本におけるアール・デコ受容の独自性について分析した。

非水の作品は単なる西洋様式の模倣にとどまらず、日本の美意識と融合した独自の「非水様式」を確立し、現代グラフィックデザインの礎を築いた。三越のポスター、地下鉄開通の広告、『非水百花譜』などの代表作を通じて、その革新性と時代への影響力を考察したい。

黒田清輝との出会いと図案への転身

東京美術学校在学中、洋画家・黒田清輝がパリ万国博覧会から持ち帰ったアール・ヌーヴォーの資料との出会いが、非水の人生を決定づけた。当時の日本には洋風図案を手がける人がほとんどいない中で、非水は新しい装飾美術の可能性を見出した。「図案は自然の教導から出発して個性の匂ひに立脚しなければならぬ」

三越時代の革新

1908年に三越呉服店の嘱託となった非水は、日本の商業デザインに革命をもたらした。優雅な女性像、流麗な植物モチーフ、そして調和のとれた色彩構成により、従来の商業広告とは一線を画す芸術的なポスターを制作。「三越の非水か、非水の三越か」と評されるほどの名声を築いた。

1922年ヨーロッパ遊学とパラダイム・シフト

装飾美術の最前線での学び

1922年、絵画・図案研究を目的としたヨーロッパ留学は、非水の芸術観を根本的に変化させた。フランス、ドイツ、イタリアで最新のアール・デコ様式に触れ、機械時代に適応した新しい装飾美術の方向性を体得した「欧州遊学の目的の一つはポスターの収集であり、関東大震災で急遽帰国後はアール・デコ調のポスターへと一気に移行している」

遊学前の特徴(アール・ヌーヴォー期)

  • 有機的な曲線美
  • 植物・花鳥モチーフの多用
  • 優美で繊細な女性像
  • パステル調の柔らかな色彩
  • 装飾性重視の構成

遊学後の特徴(アール・デコ期)

  • 直線的・幾何学的構成
  • 機械美学の導入
  • 大胆でシンプルな造形
  • ビビッドな原色使い
  • 機能性と美の融合

アール・デコ期の革新

機械美学の受容と日本的解釈

帰国後の非水は、アール・デコの幾何学的形態と機械美学を積極的に取り入れながらも、日本の美意識と融合させた独自の表現を確立した。直線的な構成と大胆な色彩対比により、モダン都市東京の躍動感を視覚化することに成功した。

七人社の結成と理論構築

1925年、非水はポスター・創作図案研究団体「七人社」を結成し、翌年には月刊ポスター研究雑誌『アフィッシュ』を創刊した。これらの活動を通じて、アール・デコの理論的基盤を日本に紹介し、商業美術の地位向上に尽力した。

 

銀座線開通、銀座らしいモダニズムの表現、今の銀座線の車両にも大きな影響が残る、一度乗ればわかります。洋服を見ていればポワロの時代だとわかる 1927年のポスター たった2.2キロで開通したモダニズム東京
1930年開店した銀三、明らかにアール・デコの影響が、ファッションにも

アール・デコ様式の特徴と日本的展開

アール・デコの国際的特徴

  • 幾何学的形態と対称性
  • 機械美学の表現
  • 豪華な素材の使用
  • 古代エジプト・東洋美術からの影響
  • 原色の対比表現
  • 都市文明への憧憬

非水によるアール・デコ解釈

  • 日本の美意識との融合
  • 実用性を重視した機能美
  • 大衆性と芸術性の両立
  • 東洋的な空間構成の導入
  • 植物モチーフの幾何学的簡略化
  • モダン東京の表象化

アール・デコの現代的意義

1920年代の社会背景

  • 第一次世界大戦後の復興期
  • 機械文明の発達と都市化
  • 大量生産・大量消費社会の到来
  • 女性の社会進出とライフスタイルの変化
  • ジャズ・映画などの新しい娯楽文化

現代への示唆

  • デジタル社会における機能美の追求
  • グローバル化と地域性の両立
  • 持続可能なデザインの必要性
  • 科学技術と人間性の調和
  • 多様な文化的背景の融合

「アール・デコは単なる装飾様式ではなく、近代社会における人間と機械、伝統と革新の関係を問い直す思想的運動であった。杉浦非水の業績は、この普遍的テーマに対する日本独自の回答として、今日なお重要な意義を持つ。」

結論

杉浦非水の芸術的探究は、単に西洋の装飾様式を日本に導入したという以上の意義を持つ。彼はアール・ヌーヴォーからアール・デコへの様式変遷を身をもって体験し、それぞれの時代精神を深く理解した上で、日本の美意識と融合させた独自の表現を確立した。

特に1922年のヨーロッパ遊学を転機とした様式変化は、単なる流行の追随ではなく、機械時代における新しい美意識の探求であった。地下鉄開通ポスターに見られる直線的で力強い表現は、モダン都市東京の躍動感を視覚化し、日本社会の近代化を象徴的に表現している。

『非水百花譜』に代表される自然観察に基づく制作姿勢は、デザインにおける科学性と芸術性の統合を示し、現代のデザイン教育にも通じる普遍的価値を持つ。非水が確立した「観察→抽象→応用」という創作プロセスは、今日のデザイン思考の先駆的実践例として評価できる。

杉浦非水の歴史的意義

  1. 日本初のグラフィックデザイナーとして商業美術の地位を確立
  2. アール・デコの日本的解釈により独自の様式を創出
  3. 理論と実践の統合により後続世代への教育的影響を実現
  4. 国際的視野と地域性の融合により日本的モダニズムの基礎を構築
  5. 芸術と産業の橋渡しにより現代デザイン産業の礎を築く

杉浦非水とアール・デコの関係は、異文化受容における創造的変換の典型例として、グローバル化が進む現代社会においても重要な示唆を与えている。彼の業績は、真の国際性とは単なる模倣ではなく、自らの文化的アイデンティティを基盤とした創造的な融合にあることを教えている。

主要参考文献・資料として

  • 国立工芸館 (金沢市)『アール・デコの精華』展覧会図録
  • ポーラ美術館『モダン・タイムス・イン・パリ 1925』

私が金沢の国立工芸館に通う理由。次回は金沢における、柳宗理を紐解きます。

投稿日: 9月 05, 2025

ポワロに見る建築様式・内装様式(私がポワロを推す理由)

カテゴリー: 開物成務

アガサ・クリスティ原作のミステリードラマ「名探偵ポワロ」

ポワロはもちろんドラマとしての内容は珠玉なものがあります。それに加えていいのは、というか、かなり優れているのはまずファッション(男女とを問わずに、この時代のものつまり100年もの時代の経過、あるいはドラマの制作年からも何十年も経っているにもかかわらず、かなりファッションしています。)こんなドラマはまず日本に見ないし、他の例、コロンボやシャーロックホームズなどの名作においてもそれを見ないのであります。

さらには、内装のセットの素晴らしさである。かなりの予算が注ぎ込まれいる、そして建築、時代考証をちゃんとされた建築や、その内装の美しさはかなり魅力的で、どうしてもこれを見ていると、東京都庭園美術館に思いが行ってしまうのです。あの美しい日本一のアール・デコにです・

そうそう、そして忘れてならないのは、元町からすぐのホテル・ニュー・グランド横濱、これも同年代の建築つまり、あの素晴らしい、内装はアール・デコの様式なのです。だから好きで、いつもカフェの洋食に入り浸るわけです。私がアール・デコにこだわるのはこの辺りの事情が多分にあるのです。

ポワロのアール・デコは誰に教えてもらったわけでもなくて、何度も何度もポワロのシリーズを見ていて、インテリアデザインのスペシャリストの私としては、どうしてもインテリアの細々としたもの、あるいはデザイン、内装装飾とか階段の螺旋とか、ドア、入り口に目が行ってしまっていて、このアール・デコってすごいなって思い始めて調べだすと、出てくるわ出てくるわであったわけで、それでまた見直すと、ドラマの筋書きと共に内装装飾の美しさにニヤついてしまっているわけです。アガサ・クリスティ!ってね。

ポワロとアール・デコの密接な関係

名探偵ポワロシリーズは、1920年代から1930年代のアール・デコ黄金時代を背景としており、この時代の美術様式がドラマ全体の世界観を決定づけています。デビッド・スーシェ主演のITVドラマシリーズ(1989-2013年)では、制作陣が意識的に1930年代中期のスタイルを採用し、ポワロの世界を視覚的に表現しました。

ホワイトヘイブン・マンション(フローリンコート)

ドラマでポワロが住む「ホワイトヘイブン・マンション」は、実際にはロンドンのチャーターハウス・スクエアにあるフローリンコートという建物です。

 

 

建築的特徴

  • 建設年: 1936年
  • 設計者: ガイ・モーガン・アンド・パートナーズ
  • 様式: ストリームライン・モダン(アール・デコの発展形)
  • 特徴: 印象的な曲線を描くファサード、左右に突き出た翼部分、屋上庭園、地下プール

ポワロのアパートメントの内装

ドラマのセットデザイナーは、ポワロの几帳面で洗練された性格を反映した内装を創り上げました。

素材と色彩

  • 磨き上げられたウォルナット材
  • 管状スチール家具
  • ガラスとクロムの組み合わせ
  • 象嵌細工(マルケタリー)
  • エナメル塗装面
  • 大理石、明るい木材のパーケット床
  • 明るい色のカーペット

装飾品とアクセサリー

  • 流線型の花瓶と陶器
  • スタイリッシュな喫煙・カクテルセット
  • 流線型のクロックとラジオ
  • ラリック・クリスタル
  • アジア風の漆塗りスクリーン
  • 新素材プラスチック(ベークライト)

アール・デコの建築的特徴

様式の特色

  • 幾何学的装飾: 直線、ジグザグ、円、三角形などの幾何学模様
  • 流線型デザイン: スピード感と現代性を表現
  • 大胆な色彩対比: 原色による印象的な配色
  • 豪華な素材: 大理石、真鍮、ガラスブロックなど
  • 垂直性の強調: 高層建築に適した上昇感のあるデザイン

ドラマで使用された実際の建築物

制作チームは、イギリス各地の優れた戦間期建築を撮影に使用しました:

主要ロケ地

  • エルサム宮殿 – 円形エントランスホール
  • ロンドン大学のセネート・ハウス – 権威的なモダニズム建築
  • フーバー・ファクトリー – ロンドン西部大通り沿いのアステカ風建築
  • ベクスヒルのデ・ラ・ワー・パビリオン – エーリッヒ・メンデルゾーン設計
  • モーカムのミッドランド・ホテル – エリック・ラヴィリアスの壁画復元

1930年代イギリスのモダニズム住宅ブーム

ドラマの背景となった1930年代のイギリスは、住宅建設ブームの時代でした:

時代背景

  • 1930-1939年: 400万戸の新築住宅が建設
  • 1939年時点: 人口の3分の1が築10年以下の住宅に居住(なんとな!)
  • ロンドン地下鉄網の拡張: 郊外開発の促進
  • モダン様式の普及: 曲線的な角部、金属製出窓、水平ライン強調 Preservation Artisans

アガサ・クリスティ自身とアール・デコ

興味深いことに、アガサ・クリスティ自身もアール・デコ環境で生活していました。第二次大戦中、ホーランド・パークの自宅が爆撃を受けた後、イソコン・ビルディング(ベルサイズ・パークのモダニズム建築)に住居を移しました。この建物にはバウハウスの建築家ヴァルター・グロピウス、マルセル・ブロイヤー、ラースロー・モホリ=ナギも居住していました。

名探偵ポワロシリーズは、単なる推理ドラマを超えて、1930年代アール・デコ時代の視覚的記録として高い価値を持っています。ポワロの几帳面で洗練された性格は、アール・デコの精密性と豪華さを完璧に体現しており、建築とキャラクターが見事に調和した稀有な作品となっているのです。

参考にした文献 Apollo Magazine

左からミス・レモン、ジャップ警部、ポワロ、ヘィスティング大尉 この組み合わせの時代の内装やインテリアがもう素晴らしくて。25年もドラマは続いたのですけどね。ファッションも素晴らしいのです、ミス・レモンのね。