投稿日: 7月 17, 2026

SALE

カテゴリー: Liberal Arts

この背景に流しているkitayamassugiという曲、自分には50年前の京都の祇園祭りは毎年浴衣で来ていたから。大学生の街、京都には自分のたくさんの想い出がある、清水の長い階段も北山杉も、大覚の白い石仏も。なんか祇園の祭囃子を聴くとそれらだけが去来する。

なんかねセールの時期っていつも祇園さんだから…まあ、ほんとうにいい服を買いに来てくださいな。

投稿日: 7月 16, 2026

ムーンスター・ローバスケットヴィンテージグレー

カテゴリー: Liberal Arts

SALE  11,000円→7,700円 30% OFFのファイナル価格

在庫サイズ:22.5cm 23cm 23.5cm 24cm 24.5cm 25cm  各サイズ在庫僅少

どんな着こなしにも合わせやすいを標榜するローバスケット

表面キャンバスの色にこだわり、ヴィンテー・グレーというニュアンス・グレーを採用

ファッショnしています。どこにでもあるスニーカーではありません。

ハトメも艶消しのマットを別注

なんとソールはトラッドネイビーに別注した。いつもならあの鮮やかなブルーですけど、このネイビーの色はポイント、ご覧いただければその良い色に納得です。

つまり全てのパーツはこれ専用に別注しています。ララだからできたコト

スニーカーと言え、スニーカーらしくない落ち着いた表情に演出してくれますよ。

MADE IN KURUME 久留米です。福岡県ですね。日本製

気になっていた方にも最後のチャンス

艶やかな色の白黒つけない大人スニーカーです。

 

I LOVE VINTAGE GREY
写真では表現できない、このネイビーの色の良さ、ソールが一番大事、継ぎ目とか見てくださいよ、日本製の素晴らしさが出ています、うっとり
リネンのスカートやパンツ、ワンピースに高相性ですよ。

投稿日: 7月 16, 2026

ジャラン スリウァヤのビットローファー

カテゴリー: La La Begin BOYNA

SALE  39,600円→23,760円 40% OFFのファイナル価格

在庫サイズ:4(23cm) (完売) 4H(23.5cm) 5(24cm) (完売) 5H(24.5cm) 各一足

ララ・ビギン別注企画 ララだからできたコト。

インドネシアの至宝のシューファクトリー ハンドウェルテッド・グッドイヤー製法

ソールはなんとビブラムソールなのですが、軽いのです。

ふいの雨にも恐れることはありません。

フランス製の革生地を使用、徹底しての本物志向です。

再発売はなく、この在庫で終了です。

いい場所に連れて行く、ネイビービットローファーVIBRAMソール

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

投稿日: 7月 15, 2026

月鉾保存会は四条通りに面して

カテゴリー: 開物成務

なんとな、今日たった今到着、嬉しいなぁ!これで遠くハマから祇園さんへの思いを味わえます。ほんとうにありがとうございます。嬉しすぎて、仕事が手につきません、思わずBGMをこんこんちきちきちんこんちきちんにしましたわ。今年はお守り⁉️のような袋も入れていただいて、もう、うれしくて、うれしくて、言葉にならない。ぼんぼんありがとう。なんとも言いようがありませんわ… お守りと言わずにお願い袋らしいですわ、よろしいなぁ。

 
月と兎 お願い袋
やばすぎるやろ
 

投稿日: 7月 15, 2026

アート系の系譜

カテゴリー: Liberal Arts

六古窯の常滑焼はアート系女性作家さんの宝庫。

家田六ッ枝

Mutsue leda

・陶歴・

1948年 愛知県半田市に生まれる

1972年 愛知教育大学美術科油絵専攻卒業

教員生活3年経る

1977年結婚、常滑市に住む

1984年常滑在住作家達の影響を受け陶芸を学ぶ

1987年 陶芸活動開始

1995年 ギャラリー共栄窯の工房にて製作する同ギャラリーにて二人展、企画展 etc

1996年常滑市町三賞陶業奨励賞受賞

1999年 ヨルダンに在住。中東、ヨーロッパの風を感じる現地にて陶芸活動。二人展

2000年 帰国後、森西陶房に工房移転

2001年 ギャラリー共栄窯にて個展

2002年ギャラリーセラにて個展

2003年ギャラリー第三空間(豊田市)にて個展

2004年 ギャラリー陶美園にて個展

2005年 ギャラリーセラにて個展

 
 
 
 
 
 
 
 

投稿日: 7月 15, 2026

ルーシー・リー展 / 東京都庭園美術館に行ってきました。

カテゴリー: Liberal Arts

火曜日の休みを利用して美術館に行ってきました。

そう、私の大好きな、全てが美しい美術館、特に内装の凄さ、そこにルーシーがやってくるとは。もう期待に胸を膨らませて行ってきました。。

期待通りで、、、一日中居てました。隅から隅まで詳細を見てきました。

ボウルもさることながら、花器ですよ、いいのは、ちょこっとね、いい季節の花を添えるってことで。

 
 
 
 
 
 
 
 
とうしてもこの写真を撮りたくなります。日本一のアール・デコ建築・特に内装
すごすぎる詳細
 
 

今回の展示の中に上野リチのグラスの展示があり驚きましたよ。目的はルーシーで来たから、なぜ?と思ったが、考えれば二人の師が共通だから、そして生きた年代もリチが9つ上ぐらいで、同じウィーンの出自でもあるから。。。

デザイナーの上野リチ(フェリーツェ・リキシ・ウエノ)と、陶芸家のルーシー・リー。二人が直接的に親密な共同制作を行ったという記録は目立ったものはないが、そのバックグラウンドには非常に深く、分かちがたい共通の「根」が存在していると思えてならない。

彼女たちの関係性を紐解くキーワードは、「20世紀初頭のウィーン」「ウィーン工房(ヨーゼフ・ホフマン)」である。つまり私の好きな時代の始まりの部分。。。

共通の故郷と文化的背景

二人ともオーストリアのウィーンで、比較的裕福なユダヤ人の家庭に生まれました(上野リチは1893年、ルーシー・リーは1902年生まれ)。 当時のウィーンは、ウィーン分離派やウィーン精神に代表される、美術・建築・デザインがジャンルを超えて融合する非常に成熟した文化都市だった。二人はこのモダニズム前夜のみずみずしい空気感を吸って育っている。

師ヨーゼフ・ホフマンと「ウィーン工房」

これが二人を繋ぐ最大の接点。

  • 上野リチ: ウィーン工芸美術学校で建築家ヨーゼフ・ホフマンらに師事。卒業後、彼が主宰する「ウィーン工房」の中心的なデザイナーとしてテキスタイルや壁紙、様々な応用芸術で才能を発揮した。

  • ルーシー・リー: 同じくウィーン工芸美術学校で学び、そこで轆轤(ろくろ)の魅力に取り憑かれて陶芸の道へ進みます。彼女もまたホフマンから高く評価され、ウィーン工房の展覧会などに作品を出品していた。建築や家具、衣服、日用品にいたるすべてをひとつの美意識で統一しようとする「総合芸術(ゲザムトクンストヴェルク)」の思想を、二人は共通の基盤として持っていた。

「装飾」のリチと、「形」のルーシー

二人ともウィーンのモダニズムから出発しながら、その後の表現の方向性は対照的であり、かつ補完的でもあった。。

  • 上野リチは、生命力あふれる色彩と自由なファンタジーを用いた「装飾」の世界を広げ、のちに建築家・上野伊三郎との結婚を機に日本(京都)へと渡り、日本のモダンデザイン教育に大きく貢献した。

  • ルーシー・リーは、ナチスの迫害を逃れてイギリス・ロンドンへ亡命。ウィーン仕込みの洗練された都会的センスをベースに、無駄を削ぎ落とした優美なフォルム(形)と、独自の釉薬によるモダンな器のスタイルを確立していった。

近年の美術展における再評価

現在、庭園美術館で開催されているルーシー・リーの回顧展(「ルーシー・リー展 ―東西をつなぐ優美のうつわ―」など)では、彼女の表現の原点を探るセクションにおいて、上野リチ(およびウィーン工房の作家たち)の作品が並べて展示される機会が非常に増えている

たとえば、ホフマンが形を作り、上野リチが表面の絵付け(装飾)を施したグラスと、ルーシー・リーの初期の器を同時に空間に置くことで、「陶芸家」としてだけではない、「ウィーンのモダンデザインの申し子としてのルーシー・リー」の輪郭が、上野リチの存在を通してより鮮明に浮かび上がるようになっている。

直接のバディというよりは、「同じ理想の土壌(ウィーン)から生まれ、一方は日本へ、一方はイギリスへと渡り、それぞれの場所で20世紀の美意識を更新した同郷の同志」という関係性がしっくりくるかもしれない。