Posted on 10月 16, 2021

泰平の眠りを覚ます上喜撰たった四杯で夜も寝られず。MWL ORIGINALS 煎茶・蒸気船の入荷

Posted in THE 神奈川, アルチザンな人たち

山下町から日本大通りにかけての東半分と山手町(今の海の見える丘公園を始まりとしたあたり)などの海沿いには旧居留地がありました。日本の文明開花、ハイカラ文化はここを始まりとします。日本が諸外国に正式に開国・開港の申し渡しをした地は、1854年和親開港の下田、同1855年の函館、そして正式な開港として1859年の下田から横浜への移管としての横浜、長崎。その約10年後の神戸、そのさらに1年後の新潟が、文明開花、開国の礎となる開港五港と呼ばれています。浦賀に現れた黒船は当時北太平洋で活躍していた米国捕鯨船の安航(安全な航海)のための、燃料の補給や食料物資調達、乗組員の休暇などのための通商を考えていたようです。国を攻めにきたわけでも植民地にしようとしたわけでもなかったわけです。この当時以降、横浜はお茶を輸出する重要な拠点港になりました。日本のお茶は横浜から海外へ。実は横浜港とお茶は深い関係があったわけです。「蒸気船と上喜撰」です。

横浜が開港してすぐに、横浜港からの重要な海外輸出製品は「お茶」になりました。横浜港周辺には伊勢地方を含めて全国などからも「荒茶」が集まり、横浜港周辺にたくさんできた製茶工場で仕上げて高級煎茶として輸出されていきました。そのくだりは横浜開港記念館に資料として存在しています。静岡の清水港が産地直結の港として明治後期に機能するまでの40年ほど、横浜港は重要な役割を持ったお茶の海外への輸出港だったわけです。横浜とお茶は深いかかわりがあったのです。伊勢山皇太神宮や伊勢茶の輸出拠点、横浜と伊勢は浅からぬご縁を感じています。

MWL STORE ORIGINAL’S  お茶の名前を「蒸気船」としました。ペリー来航の「蒸気船」と、江戸時代当時、人気のお茶の商品名としての「上喜撰」を彷彿とさせています。横浜らしい名前になりました。横浜ならではの「お茶物語」。MWLのオリジナルのお茶「蒸気船」の中身は真に美味しいお茶、横浜らしい颯爽とした風の吹くお茶を ! と厳選され、伊勢の清流・宮川流域の大台町で栽培されるお茶をお願いしました。清流宮川と大台山渓の山々に囲まれた自然豊かな環境、日本有数の雨量、しばしば立ち込める深い霧、激しい寒暖の差。大台町はお茶の栽培に絶好の環境で、三重県内でも有数のお茶どころです。宮川はその源流を大台ヶ原までさかのぼります。源流の一滴は大台ヶ原から伊勢市内まで流れて行く豊富で伊勢ならではの清涼なる水源です。

遠く、この港や大海を超えて世界へ飛び立った伊勢茶へ思いを馳せて。

物語が存在するお茶「蒸気船」横浜土産にいかがでしょうか。

オリジナル煎茶:蒸気船 (じょうきせん)   左:45g 入り 972円税込 

Posted on 10月 15, 2021

京都画報

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京都画報。京都の女性を演じたらこの人、の常盤さんが案内する「京都の特等席」月に一度の放送、27日までなら、おととい13日の放映、第一回を無料再放送中でネット上で見ることができます。京セラ美術館の深い解説案内もあります。案内するのは未生流笹岡三代家元でありながら、京大の建築学科卒業という笹岡隆甫さん、真ん中の人です。右は瓢亭のレジェンド高橋さん、語りに凄みとユーモアとペーソスがおありです。10年以上ミシュラン三つ星。

京都画報

Posted on 10月 15, 2021

なんと

Posted in Liberal Arts
スーパーストア青木さんで取り扱いがありました。今朝、今週の出張で冷蔵庫の生鮮は全て消費して出て行ってまして、何もないので磯子天神橋の青木さんに行ってましたら、偶然見つけました。イベントみたいでしたがここのが3種類ありました。神戸メロンパン、お試しを、普通のメロンパンのことを神戸地方はサンライズっていいますけどね。

Posted on 10月 13, 2021

落柿舎 (らくししゃ)/徳力富吉郎の木版画の舞台へ

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徳力富吉郎の描いた落柿舎(らくししゃ)の版画、1970年の作品 今の時期にうちの店に掲げる作品。

この作品の舞台を訪れた。秋の舞台、嵐山・嵯峨野である。
落柿舎とは京都市右京区嵯峨野にある草庵のことで、松尾芭蕉の弟子の向井去来が1600年代に別荘として使っていた庵のことで現存する。
名称は、庵の周囲の柿が一夜にしてすべて落ちたことによる由来、芭蕉も3度訪れて滞在している。

徳力富吉郎
明治35年-平成12年 京都府出身
京都生まれ、家は代々画家系にして、徳力善雪を父方に、巨勢小石は母方の祖父、本願寺絵所を預る旧家十二代に当る、京都市絵専(現、芸大)首席卒業(1924)土田麦僊塾に入り活躍、樗牛賞、国画賞を受賞した。麦僊亡き後、国内及びアメリカに於いて個展開催、高島屋に於いて「茶と美展」を催し好評となる。(1985/1992)版画は薬師寺国宝吉祥天像、複製(約300度摺り)(1972) フランス、ポンピドーセンター近代美術館の麦僊(舞妓)複製(約100度摺り) (1987) 京都仁和寺国宝(孔雀明王)復元、摺刷の監修(1300度摺/1990) その間、NHK京都及び大阪に於いて木版画放送、講習指導に当る(1973~2000)国内各地及び外国(英、米、イスラエル、ニュージーランド)等、徳力版画の指導を受けたものは多い。日本画は、伊勢神宮能楽堂鏡版の揮毫をはじめ、西本願寺西山別院襖絵(1985)、相国寺山内大光明寺上間の間の襖絵(1985)
枚方一乗寺大広間(1984)及び天井絵(1993)、仏光寺新仏殿襖絵(1993)の作成あり。

勲四等瑞宝章(1987) 京都市文化功労賞(1980)
本願寺名誉総裁賞(1985) 版画普及の為、京都版画館設立(1991)
京都府特別文化功労賞(1992) 日本浮世絵協会より浮世絵奨励賞を受ける(1996)

<主な著作>
「京都三十景」 「京洛十二題」 「富士三十六景」 「花づくし」 「花五十題」
「聖地史跡名勝」 「古摺仏集」(二巻)「東海道昔と今」(和・英文)「だるま」
「版画随筆」 「版画入門」(和・英文)「版画」(NHK婦人百科)
「版画京百景」(講談社)「茶杓物語」(文化出版局83年刊)
「徳力富吉郎木版画蔵書票集」(吾八書房)「版画制作鑑賞のす々め」(日貿出版社)
「徳力富吉郎画集」(阿部出版84年刊)「花背随想」(淡交社84年刊)
「花竹庵の窓から」(京都新聞社83年刊)「もくはん」(求竜堂93年刊)

柿がいい具合にあった。

知は力なり、私の愛する徳力版画。

Posted on 10月 13, 2021

ikari

Posted in アルチザンな人たち
京都にもあるイカリに嵯峨野の帰りに立ち寄り、優れたオリジナル製品ばかりを買う、どれも既に定評のある商品です。中食もイカリはすごいのですよ。オリジナルの出来が昔からすごいね。うね乃さんのお出汁だけはオリジナルではありませんね。
オリジナルの神戸牛乳と神戸牛乳ヨーグルト これが美味しいのです。パッケージデザインが良いのもさすがです。クーラーボックスも持ってきているのですが、さすがにこれは買えないなぁ。残念でござる。
烏丸御池から20分ぐらいの距離クルマでね。

Posted on 10月 13, 2021

名刹の背景を訪ねて

Posted in 開物成務
史跡と特別名勝のダブル認定、龍安寺方丈の庭園の前庭、あまりに有名な石庭。室町末期に作庭された、500年に近い歴史がある、なんということだ、しばらく想いを巡らせ座り込んだ。人は少ない。
早紅葉の枯葉がなんともまぁ
禅の格言の図案化、真ん中の口を持って、吾れ、唯(ただ)、足るを、知る。なんという図案、それが銭形というのが、今の時代に刺さりくる。。。
龍安寺で有名な侘助椿(わびすけつばき)わび、さび 三月の花 千利休が愛した花。茶道の花として必ず出てくる。

Posted on 10月 12, 2021

メロンパン

Posted in 開物成務

以前もご紹介。神戸地方特有のメロンパン、京都まで来てる。昔、食品宅配の元祖、灘神戸生活協同組合・コープさんで売っていましたメロンパン。コープさんは昔は毎日来ていたから、その後週2回ぐらいになったりでね、、、宝塚でも神戸市内でも。

「八百一」の売り場をつぶさに見ていて見つけてしまう。特に棚の一品一品に魂がこもる「品揃え食料品店」は、どこにでも、だれにできることではない。バイヤーに食の感性が必要だからだ。それには文化と芸術が必要という結論に達する。いい店はそこで日々購入し、賞味期限を来させない舌の肥えた顧客たちの応援・支援が必要だ。昨日今日のバイヤー稼業で成せるものではない。それが食品文化への理解ということになるのだろう。価格にはそれの成り立ちがある、生産者がいて、それを日々運んでくれる人がいて、それらを束ねて、素材から料理へと想起させる小売がいて成り立つ。最終アウトプットの小売だけが価格を支配決定できるのではないと思っている。それができる店もあるだろう、それは同じものを大量に売ることの出来る店のことだ、それには生産者も納得する、大量に買ってもらうことで成り立つからだ。昔はそういう店のみだった、品揃え食料品店といえばせいぜい百貨店の地下、それが今や社会そのものが豊かになり(なんだかんだ言っても私が育った頃に比べると今は遥かに豊かである、物質的な見地にはなるものの)、いろんな仕組みが海外からも入ってきて、また学んできた人たちもいて、多岐にわたる食料品店が出てくるのは、ある種あたりまえになっている。価格はたくさんの関係する人たちがあって成り立っていると言える。自分にとって都合のいい店を選んで買えばいいというだけのこと、いろんな展開をする食料品店は存在するし、ネットでの販売でもだいたい購入に至ることはできるからだ。ただ、私はここで買うということ。その背景には諸説ありということで、何を選ぼうが選ばなかろうがその人の自由である。京都には八百一、宝塚・神戸にはイカリ、芦屋にはグラホがある。それでもみんなコープさんは今でも使っている、食の選択肢の拡がりである。それぞれの品揃えの思想があるわけだ。

コープだけにさんをつけるのは、その地方の固有名詞としての「コープさん」だからである。分け隔てはない。コープさんは人が来る、長い年月で当然親しくなる、だから「さん」がつく。小売の基本ですな。私たちもそう考えている。人は人につく、そこがネットとは異なる、人であるかぎり。私たちはそれで深く説明できる商品を選んでいるし、それは他の店にはないMWLならではのもの、さらに磨いていく。

これが美味しく、やさしい味をしています。
丸の内のヴィロンを運営する会社、「みんなのパン屋」も同じ会社であります。ここでも商売したはりますな。