七月の主役は「京」

いろんな人がこの歌うとうてはりますが、この年齢当時のこの人が一番ですな。この高音が出ないとな、この歌は。

開高健の時代からサントリーはいい宣伝してはりましたな。京都山崎蒸留所はいっとかないとな、涼しいで。

 

このお寺さんのデザインというか、造形と言った方がいいのか、寺院建築として素晴らしいです。戦後まで一般人の立ち入りは出来ませんでした。皇室の御寺(みてら)ですな。

「皇室の御寺(みてら)」と呼ばれているのは、全国に数ある寺院の中でも、京都府京都市東山区にある泉涌寺(せんにゅうじ)ただ一つです。

「御寺(みてら)」という呼称が他の寺院に使われることは基本的にありません。この言葉が泉涌寺を指す特別な敬称として定着している理由は、以下の通りです。

「御寺」と呼ばれる理由

泉涌寺は、古くから皇室の菩提寺(皇室香華院)として深い関わりを持ち続けてきました。鎌倉時代の1242年に四条天皇が葬られて以来、江戸時代に至るまで多くの天皇や皇族の葬儀がここで行われ、歴代天皇の御陵(お墓)も境内に造営されています。現在も歴代天皇・皇后の位牌などが祀られており、皇室との極めて深い関係を示す特別な呼び名として「御寺」という言葉が使われています。

皇居が今東京にあっても、たまたま今行ってはるだけで、また「京」に戻りはります。と京都人は言う。

なぁ、京都らしい歴史でございますなぁ。世界にそんな国ありまへんで。木造文化やから京都は素晴らしい。

なんでも壊して新しいものにしたがる日本人にとって。あきまへんで。