ウチの壁什器の全てはラムスの作ったVITSOE

オーディオを作っていた頃のブラウンには優れたデザインのモノが多く存在した。VITSOEはラムス自らが自分が作ったオーディオデザインのために作った壁面デザインである。今やVITSOEは英国の企業である、図書館が主たる納入先になっている、この会社の工場が素晴らしいのである、モノを作らなくなった英国に残る、優れたドイツ由来はVITSOEと車のMINIである。何が言いたいのか脱線し始めて、BMWが英国でMINIをリモデルし、創り(モノやブランドコンセプト、思想、視点、品質、そして成功した)コトなのである。イギリスのモノ作りにはそういうシテンがあるということを知っておいていただき。VITSOEを見ていただきたい。なぜならすでにBROWNの家電などもうないからである。知らなきゃいけないコトを知らない世代に教えていきたい、誰も深堀りしないシテンである。山ほどあるね。物語は太くて深いのだ。

ジョブスがこの影響を受けていないわけがない、BMのバイク、Rシリーズに乗っていたジョブス、あらゆるデザイナーはまずBMのバイクに乗りなさい、それから話を始めよう。

 

日本語ではディーター・ラムスと読む
僕はブラウンの全貌をリアルで知る最後の世代なのだろう、だからVITSOEを使っている、モダニズムのデザインとはこれであって、ポストモダンにも大きな影響を与えている。この人ラムスの前と後ろでは時代が大きく異なることになった。domus とは私の一番好きなイタリアン家具デザイナー、ジオ・ポンティが創刊させた建築の雑誌、そうカッシーナのスーパーレジェーラチェアのデザイナーである、今や一脚56万円である。私が知った頃は8万ほどだった。。。
ロンドンのコンラン卿が作ったデザイン・ミュージアムで短い時代に終わったSONYの家電とよく比較されていた。そう、過去には日本唯一のモダニズムだったSONY 人がまだ充足されていなかった時代の世界的な戦後の旺盛な欲望の産物でありました。私はその渦中にいて、モノばかりを見ていた。最近のSONY HONDA コラボの自動車の中止は残念だった。現在のHONDAを見ていると主にHONDA側の理由だったのかなと思ってしまう。
誰も近づけない領域のモダニズムの頂点にあった頃