清水北條さん、小北條さん作品が多く並んでいます。
急須とお茶の新しい世界へ。
美術品と時間を過ごすひとときというのが急須の使命なのかも知れませんね。
丁寧に物語を紡いてまいります。
お茶のある暮らし
本日も小北條さんに在廊いただいております。楽しいお話をどうぞ。

清水北條さん、小北條さん作品が多く並んでいます。
急須とお茶の新しい世界へ。
美術品と時間を過ごすひとときというのが急須の使命なのかも知れませんね。
丁寧に物語を紡いてまいります。
お茶のある暮らし
本日も小北條さんに在廊いただいております。楽しいお話をどうぞ。

初めてのお取り扱いでいながら圧倒されました。大澤哲哉 [おおざわてつや]
1984年(この前後の世代にすごい人がどんどん来る常滑、それが嬉しい)岐阜県の生まれという。
名古屋芸術大学美術学部造形科卒、という基本が学びの上に乗っかる。
常滑独自の釉薬「チャラ」いい名前、チャラの使い手、こんな利休がいたら好むような手法を美しい急須造形に注ぎ込んでおられる。まるでアンティークを見ているようだ。赤や黄色を使い、拡がりが自由に闊達に突き進んでおられます。

世に美しいモノはたくさん存在しています。

ヤンセン三好史織] 1983年 兵庫県生まれ
大阪芸大大学院修了後、兵庫陶芸美術館で勤務されている。この時の経験がとても大きいと私は感じる。たくさんを観てきておられたろうということです。その後さらに、とこなめ陶の森陶芸研究所に行かれている。これも茶器をトータルで表現されるということにおいて大きな経験になられているだろうと想像します。
学びの多さが魅力になっておられます。
「心動かされた風景を思い浮かべながら、色を重ねて表現する」という作陶、その幾つもの重なる透明感の奥には、「観る」という行為で得た風景の記憶がいくつもレイヤーされているように私は感じています。
MWL STORE 店主
釉薬使いがさすがです。ありがとうございました長年の思いが成就しました。朝子先生ありがとうございます。

投稿日: 1月 02, 2025
清水小北條作、MWL STOREのためのオリジナル 写真以外にもございます。





焼き締めを売りにする常滑産地において、釉薬のかかったモノはさほど多くはない。
その魅力は地肌の白さと釉薬の相性、そして女性らしさを活かしたデザインの作風である。
今年、首都圏の美術館は印象派の作品展が多かった、それらを見ていて私は、いつもヤンセンさんの作品の美しさを思い出していました。テーブルの上で食と共にある姿がとても美しいからであり。伝統を横目で見ながらの自分らしい新たなモノ、それをいつも創出されている作家さんであるように思う。たった一つテーブルにある小さなカップですら、個性を放っています。
これも常滑の懐の深さを感じる作品であります。
とにかく釉薬が美しく表現されています。数はそれぞれ1、2点です。これが全てではありません他にも作品があります。
私が勧める作品・作家



























常滑急須の保守本流でありながら、他人が歩かない道を行くということを若い頃から標榜し、作陶は自分らしさを追い求めて来られている。
薪窯のさらに登り窯という、今となっては新たな具現がとても難しい環境に身をおいている。それは伝統による。
家系が成せる技ではあるが、それに甘んじてはいないところに想さんの魅力がある。
おじいちゃんが人間国宝、それがどういう意味を持つかも知らない頃から、その現場で育っている。
父というよりもおじいちゃんからその作陶の技術の全てを教えられているという。
やはり、存在する品格においては圧倒的なものを感じてしまう。それが何かは現物を見ていただくしかない。
現代六古窯を代表する人物のお一人であることは間違いない。
やっと40代後半にさしかかろうとしている、これから何十年もかけてさらに趣のある作風になって行かれるのであろう。40代なかば時代の「想」の作品として位置付けておく急須である。








投稿日: 12月 15, 2024
私がこの地(となり街の石川町で起業し元町へ昨年春に移転してきて併せて9年目)にお店を出そうと思った理由に「お茶」の存在がありました。やがては紅茶までというカメリアシネンシスという茶ノ木の存在です。茶(煎茶・紅茶)が好きだった、その文化的背景や紅茶においては欧米(特に仏国)におけるスタイルを含めて。それらがお茶を始める理由でございました。
日本において江戸時代に長く続いた鎖国という状態が、世界でも例を見ない日本人皆が持つ美徳の重要な部分であると言える、ほぼ無血革命の江戸から明治に至るレボリューションは部分的(九州南部、東北の一部)な戦いはあったとは言え、日本全土までの大きな内戦に至らなかった、特に政権の中心になった徳川と明治政府への政権移譲は無血で江戸においての戦場化は避けられた。それにより守られたさまざまな文化が存在しています。その鎖国という時代から開国という時代への国を開き外国文化を受け入れ、通商によって国を豊かにしていくという、今の自動車産業を軸とする日本の輸出大国体質の雛形はこの時を始まりとすることになリました。
その当時の数少なく欧米に通用する輸出品目の重要なものは、茶と絹製品でありました。その名残として歴史的な絹の関連施設が港沿いに残る中区山下町でもあります。
山下町から日本大通りにかけての東半分と山手町(今の海の見える丘公園を始まりとしたあたり)などの海沿いには旧居留地がありました。日本の文明開花、ハイカラ文化はここを始まりとします。日本が諸外国に正式に開国・開港の申し渡しをした地は、1854年和親開港の下田、同1855年の函館、そして正式な開港として1859年の下田から横浜への移管としての横浜、長崎。その約10年後の神戸、そのさらに1年後の新潟が、文明開花、開国の礎となる開港五港と呼ばれています。浦賀に現れた黒船は当時北太平洋で活躍していた米国捕鯨船の安航(安全な航海)のための、燃料の補給や食料物資調達、乗組員の休暇などのための通商を考えていたようです。国を攻めにきたわけでも植民地にしようとしたわけでもなかったわけです。この当時以降、横浜はお茶とシルクを輸出する重要な拠点港になりました。日本のお茶は横浜から海外へ。実は横浜港とお茶は深い関係があったわけです。「蒸気船と上喜撰」です
横浜が開港してすぐに、横浜港からの重要な海外輸出製品は「お茶」になりました。横浜港周辺には伊勢地方を含めて全国などからも「荒茶」が集まり、横浜港周辺にたくさんできた製茶工場で仕上げて高級煎茶あるいは烏龍茶として輸出されていきました。そのくだりは横浜開港記念館に資料として存在しています。静岡の清水港が産地直結の港として明治後期に機能するまでの40年ほど、横浜港は重要な役割を持ったお茶の海外への輸出港だったわけです。横浜とお茶は深いかかわりがあったのです。伊勢山皇太神宮や伊勢茶の輸出拠点、横浜と伊勢は浅からぬご縁を感じています。
MWL STORE ORIGINAL’S お茶の名前を「蒸気船」としました。ペリー来航の「蒸気船」と、江戸時代当時、人気のお茶の商品名としての「上喜撰」を彷彿とさせています。横浜らしい名前になりました。横浜ならではの「お茶物語」。MWLのオリジナルのお茶「蒸気船」の中身は真に美味しいお茶、横浜らしい颯爽とした風の吹くお茶を ! と厳選され、伊勢の清流・宮川流域の大台町で栽培されるお茶をお願いしました。清流宮川と大台山渓の山々に囲まれた自然豊かな環境、日本有数の雨量、しばしば立ち込める深い霧、激しい寒暖の差。大台町はお茶の栽培に絶好の環境で、三重県内でも有数のお茶どころです。宮川はその源流を大台ヶ原までさかのぼります。源流の一滴は大台ヶ原から伊勢市内まで流れて行く豊富で伊勢ならではの清涼なる水源です。日本の茶産地は数々あれどこれほどの豊かな背景を持つ産地はなかなかのものでございます。特に水の豊かさの中で育つ茶の木の存在です。そして聖なる地の奥地という関係性でございます。
遠く、この港や大海を超えて世界へ飛び立った伊勢茶へ思いを馳せて、私は横浜港を見ながら日々を暮らしています。
そしてMWL ORIGINALSのお茶のもう一つが、「ハイカラ」です。上記のような理由において港に入った海外の船からはたくさんの異人さんが降りてきて街を闊歩するようになりました、航海の疲れを癒す街の物資や商店の存在の必要性が元町の商店街の礎になっています。始まりはそこからです。船員の人たちに売る航海に必要な物資、あるいは彼らによりもたらされた、海外製品の数々はこの街を歩いたであろう「ハイカラ」さんをルーツとしています。ハイカラという言葉はその異人さんが着ていた、襟の高いシャツ、つまりハイカラーを語源としています。
ハイカラは、慶応元年創業「伊勢茶のかねき伊藤彦市商店」さまにお作りいただいているMWL STORE のオリジナルの抹茶⼊りのお茶です。その内容は、まず抹茶には、
宇治の老舗の京都産⽯⾅挽き宇治抹茶を使⽤しています。お茶の重量に⽐した抹茶を混ぜています。そして、茶葉は北勢地⽅⽔沢の⽟露と南勢地⽅⼤台町栃原の中蒸し煎茶を合組しています。抹茶、⽟露、煎茶 と、三つの個性の全く異なるお茶が重なりあってハイカラという名の調和が⽣まれました。個性の違うお茶がそれぞれの良さを出しながらもそれぞれに無い部分を補いあい、相⼊れないものだと思っていても、重なれば⾃然に新しい調和が⽣まれています。
ハイカラという名にふさわしいお茶が⽣まれました。
上記のように歴史的、文化的に、この元町にあって相応しい、日本のお茶二つがここに生まれているのでございます。
このお茶二種はMWL STOREの商いの始まりの根幹でございます。
開国開港の地、元町の茶商のお茶をどうぞお召し上がりくださいませ。







ずっとこの茶を売り、守り続けています。
LIKE NO OTHER はMWL STOREのこと
他にない商品がここには並びます 射抜く目と物語の創出
元町の茶商 MWL STORE