ここんところの週に一回の幸せとなっています。上大岡のonniさんのパン、朝行って4席ほどあるイートインのコーナーで食べて帰ります。本当にどのパンもマジ美味いのです。パン好きは日本各地でいろんなパンを食べてきました。onniさんのパンはピカイチにすごいな。やはりセンスとこだわりに尽きる。
9月 01, 2018
クリストファー・ロビンに最も相応しい人、ユアン・マクレガー。
そうトレインスポッティングのあの方です。
イギリスの息子ですね。
ユアンを好きになったのは、このLONG WAY DOWNを一連としたバイク冒険物です。
同じ時期に北海道をぐるぐるしてたんで、共感していたからです。
ロンドン市内を出発して、アフリカを下がっていく、冒険ドキュメンタリー、チャーリー・ブアマンとのコンビぶりがとても良かった、チャーリーがユアンのことが好き過ぎるのが番組の中でずっと見れてましてね、それが笑えまして、かわいくて、と言う意味で。このドキュメンタリーに出て長い旅に出るわけでして、途中、アフリカの何処かで、ユアンのママが突然やってきて、息子に会いたくてですよ、出てきた場面で久しぶりにあったときに、もう結婚もして子供も出来ようかと言う息子に、走ってきて、あった瞬間に、マイボーイ!ですからね、その場面が焼け付いていて、いくつになっても母の息子への感情は世界どこでもこうなんだなぁ、、、と、ユアンの愛されっぷりに感動しました。また、途中で今度はユアンの奥さんが登場してきて、大してバイク乗れないのに、ツアーを3人で何日間が旅することになり、案の定、いくつかのトラブルに遭遇することになって、絵的にはいいんですけどね、チャーリーがブツブツ言うんですね、それがまたドキュメンタリーだから記録されていて、でもそのブツブツがチャーリーのユアンに対する嫉妬みたいに見えて、こんな大事な二人旅に妻と言えど、なんで入れるの?ってな感じで、これまた微笑ましくて、決定的にはチャーリーも言わないわけで、そこがなんか嫉妬してる感覚に見えてしまって、笑えました。
とてもいいドキュメンタリーです。だから僕はユアンをイギリスの息子という。
ユアンはスターウォーズがビッグ有名になった映画ですけど、若き日のオビワン・ケノービ役が当たり役で、スターウォーズの話すると止まらなくなるんで、、、やめておきましょ。
世界は Made With Love で出来ている。
US OPEN TENNIS
先日のダビド・フェレール対ラファの試合。フェレールが故障で途中棄権したのですが、もう引退がこの試合の前から決まっていて残念です。来年の始めのスペインの大会で現役を終えるらしいです。激しいツアーの移動と一年中の毎日の戦いにフィジカルが耐えれなくなったのですね。プロテニスは年間通じてほぼ休みが無いに等しい珍しいスポーツ。「まむしのフェレール」どこに打っても返ってくる、長いラリーが好きな人だった、決めの得意ショットは長いラリーからの相手を左の外に放り出した後の低く短いフォアハンドの逆クロス。グランスラムで5時間以上の試合ができるのはフェレールだけとも言われていましたね。しぶとくて試合を諦めない人だった。同じスペイン人として、デビスカップなどを一緒に長きに渡り戦った、ロペスなどともに、特にラファと仲が良かった、ラファが尊敬している数少ない一人。テニスに真面目な人だった。無敵艦隊スペインテニスの黄金時代を支えたメンバーの一人ですね。日本人と体型的にはほぼニアで小さな戦士と言われていました。フェデラー、ナダル、ジョコビッチ、マレー、ワウリンカ、などと共にテニスの歴史上、メンズテニスの「最高の時代」にプレーできたと言う談話を残しています。あぁ、そのしぶといプレーが見れないのかと思うと、泣ける。。。
この表情でも二人の仲の良さがわかりますよね。
そして、ラファのユニフォームがなんとノースリに戻った。昔、ウィンブルドンを席巻した、ドラゴンボールルックとヘアバンド。
今着用中のノースリーブはタイト過ぎて、これぐらい緩い、トップスと共に緩いボリュームの海賊パンツがいいな。この映像は1回目の絶頂期の黄金時代ナダル、かわいく若いです。フェデラーとの戦いを海賊と王子と言われていましたね。ナダルはいい、喜びの表現が、いまよりこの若い二十代前半の頃の方がね。今のどんな若い選手よりもやはりこの当時のナダルが特別で、かっこいいですよ、また強かった。長髪がいい。今やもう現役の特別段階のレジェンドです、フェデラーと共に。まだ現役なのがファンにとっての幸せ。
美味しい、伊勢の度会産のお茶を味わう小さな幸せの中で。
「常滑焼の急須の価値」
愛知県常滑市。知多半島の西海岸、伊勢湾に面したこの街は焼き物とともに歩んだ。日本六古窯の中でも最大規模の産地として栄え、丹波や信楽にも影響を与えてきた。原料となる良質な粘土を産んだのは650〜100万年前に、この地に存在していた湖沼で、その湖底に堆積された土が常滑焼として、新たな形を得て急須になっている。なんという時の流れだろうか。明治期に朱泥急須づくりが本格化し、ろくろ成形による名品が生み出されて行く。端正な形を作り出す精緻なろくろ技法は、人から人へと受け継がれた。常滑の急須を印象付ける綺麗な朱色は、朱泥土に含まれる酸化鉄によるもの。酸化鉄はお茶のタンニンと反応し、渋みや苦みを和らげて、まろやかな味わいにするという。風土に恵まれた良質な土と、作家の方々が大切につないできた心と技を思う。
美味しいお茶を味わう小さな幸せの中で。
MADE WITH LOVE
もう随分と時間は経ってしまいましたが。
「クリストファー・ロビンと100エーカーの森」つまりプーの舞台の森に2回行っています。ロンドンからクルマで南東へ2時間ほどだったと思う。これから現代版の映画「プーと大人になった僕」が公開されて、訪ねて行く人が増えることを期待します。本当に素敵なところだから、でも普通にひっそりと佇んでいましてね、その2回とも行った時でも観光客なんてものは一人も居なくて、地元の女の子を二人連れたお父さんが、プーと仲間達の絵を描いていて、それはさすがに地元の人、とても上手くて、なんてことをして毎日を生きているのですか!素晴らしい、と思ったものでした。川も橋も枝を流す場所もちゃんとありましてね。なんでもない普通の丘から川って感じでした。またね、日本みたいに案内とか看板とか、プーに関する表示は当時何もなくて、唯一、なんかスーベニール的なものを売る、小さなショップがあって、それに気づいて場所がわかったという、多分今もそんなに変わってないと思う、そんなことで変えないはずのお国柄だからです。プーはイギリスの話、それをディズニーが買ったのですね。元のしっかりした話があるから、素晴らしいものになった。
そしてロギンス&メッシーナ、この歌を歌っていた当時、ウエストコースト・サーフの世界においてロギンス&メッシーナは神のデュオ、サイモン&ガーファンクルでなくて、僕らはR&Mだった、だからこのクリストファー・ロビンを歌う歌は当時からプーの歌だと知っていた。そういうつながりの上で100エーカーの森には行っている。キャラクター的には”イーヨー”が一番好きかなぁ。
当時その100エーカーの森のある場所から少し距離のあるところにあった、小さなショップで買ったものです、今もうちの入り口にありますね。ディズニーのものでなくて作者ものです。
ロギンス&メッシーナ、フットルースのヒットを出す前のことになりますね。いい歌なんですよね、優しくて。